蝋梅の願い
「そこまでの決心があるんなら、話しちゃえよ。
お前がそう決めたんなら別に明かしても構わない」
「ありがとう。本当は少し怖かったんだ。
でも、テッドと一緒なら怖くない」
「ああ。俺もだ」
リクリとテッドは、同時に笑みを作った。
そして、その笑顔のままリトーヤに向き直った。
「リトーヤソール王子。僕たちの事が知りたいなら場所を変えて話さない?
大分長い話にもなるし」
リクリの言葉に、リトーヤはすぐ頷いた。
「うん。じゃあ、何処に行こうか…」
そう言ってリトーヤが辺りを見回すと、スカルドが案を出した。
「では、リノ・エン・クルデスの一室に移ってはいかがですか?
人払いも出来ますし、丁度良いでしょう」
スカルドの提案に異を唱える者は無く、一同はリノ・エン・クルデスへと移った。
艦内の一室で各々好きな様に場所を取ると、まずリクリが、机を挟んで向き合って座るリトーヤに話しかけた。
「それじゃあ、改めて自己紹介…と、いった所かな。
僕はリクリ。本名はリクリルーセ・レテ・クルデス。
オベル王国に生を受けたのは、………今から160年前になる」
「え…」
リクリの言葉に、リトーヤは思わず聞き返してしまった。
160年。
…今、確かにそう聞こえた。
だが、目の前の少年が冗談を言っているとも思えない。
リトーヤが困惑していると、リトーヤの背後からゲオルグが口を挟んだ。
「…真の紋章の継承者か」
ゲオルグの言葉に、リクリは頷いた。
「真の紋章を宿した者は不老になる。
僕の左手には、罰の紋章が宿っているんだ。
さっきの断罪の封印球は、この罰の眷属に当たる。
だから、不要意に力を出さない様に言い聞かせたから、断罪を扱ってももう危険は無いよ」
そこまで言うと、リクリは1つ息をついた。
そして軽く天井を仰ぎ見ると、遠き日を思い出した。
「僕に罰の紋章が宿ったのは、144年前だった……」
リクリは全てを語った。
144年前に起こった群島解放戦争と、紋章砲鎮圧への戦い。
その最中、リクリの左手に罰の紋章が宿り、様々な苦難と試練がふりかかった。
そんなリクリを、時のオベル王が解放軍盟主に推し、その頃にソウルイーターの継承者であるテッドと出会った。
やがて解放軍は戦争に勝利。
同時に紋章砲の脅威を知り、クールークと再戦。
再戦に勝利した後、群島諸国連合は紋章砲の壊滅活動に着手し、今に至る。
その間、長年行方不明となっていたオベル王家の王子が見つかった。
その王子こそがリクリであり、連合艦隊旗艦にその名を残す、リノ・エン・クルデスの第2子だった。
「罰の紋章の呪いは強く、宿主の命を削っては別の人間に宿る。
今は紋章を従える事が出来ているけど、いつ僕が命を落として、また罰の紋章が命を削り始めて、多くの人に危害が及ぶか分からない。
それに、僕は年を取る事が出来ないしね。
だから、しばらくオベルに居た後で、テッドと旅に出て…今に至るんだ」
一通り話し終わると、リクリは1つ息をついた後でリトーヤを見た。
「……」
リトーヤも、彼の周りにいる者達も、半ば呆然とした顔でリクリを見ている。
「…そんなに驚かすなよ。皆、声も出せないじゃないか」
そう言って、テッドは右手の甲でリクリの頭を軽く小突いた。
「脅かしてなんかいないよ」
「あんなに洗いざらい聞いて驚かない奴がいるかよ。
それと、紋章の事を話すんなら最後まで話せっての!」
テッドはリクリの左手を掴んで頭上に上げた。
「わっ!」
突然の事にリクリはバランスを失って、椅子の上でよろめいた。
そんなリクリに構う事無く、テッドは話し始めた。
「驚かせて悪かったな。
信じられない事ばっかりだろうけど、こいつが言った事は全部本当だ。
後、罰の紋章は確かに危険な紋章だけど、こいつは紋章の呪いに打ち勝って紋章の真の主になっている。
余程の事が無い限り、罰による脅威は絶対に無い。
紋章で危害を及ぼし兼ねないのは、俺の方なんだ」
そこまで言って、テッドはリクリの左手を解放した。
座り直しながら、リクリはテッドを見上げた。
テッドは視線をリトーヤに向けたまま、自分を見上げて来るリクリの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「俺は、ソウルイーターの制御はある程度出来てても、まだ従えさせる事が出来てない。
紋章の事で怯えているのは、リクリじゃなくて俺だ」
テッドは、自分達がファレナを出たいきさつを語った。
たった1つ…自分達がファレナの為に出来ると思った事を…。
「そうだったのか…」
リクリとテッドの話を聞いて、リトーヤが静かに口を開いた。
「折角話してくれたのに、すぐに対応出来なくてごめん。
真の紋章の事は、書物とかでそれなりに知っているつもりだよ。
ファレナ王家にも太陽の紋章があるから。
僕も、太陽に従う黎明を宿しているし。
だからと言うわけじゃないけど、真の紋章が及ぼすものを多少は知っているつもりだ」
リトーヤは、黎明の紋章が宿る右手を見つめた。
見つめながら、ほんの僅か垣間見た太陽の紋章の力を思い出していた。
あの様な力を、目の前の少年達は片や従えて、片や長年制御し続けている。
いつの間にかリトーヤは、彼らの助力を得たいと、そう思う様になっていた。
紋章についての師。
戦争についての師。
他にも沢山、教えて貰いたい事があった。
特に、リクリには国を助ける者として聞いてみたい事もあった。
暫くの沈黙の後、リトーヤは思い切って話しを切り出した。
「リクリ、君はさっきファレナの力になりたい…って、言ってくれたよね」
突然のリトーヤの言葉にリクリは微かに驚き、考えるより先に頷いた。
それを確認すると、リトーヤは迷いの無い真っ直ぐな瞳でリクリを見、こう言葉を継いだ。
「それなら2人共、僕達の仲間になって欲しいんだけど、どう?」
「え…」
「!」
リクリとテッドが同時に驚いた。
全く予想していなかったリトーヤの言葉。
「そう来たか。…って言うより、こうなるのは予測しておくべきだったな」
しまった…と、いう顔でテッドが溜息をついた。
溜息をつくテッドを、リクリが微かな不機嫌さを含めた顔で見る。
「…その[予測しておくべきだった]って、もしかして解放戦争の時に僕が君を仲間にした時の事?」
「もしかしなくてもそうだ。
…で、どうするんだよ? 仲間になるのか?」
「…そうだね…」
呟いて、リクリは天井を見上げた。
「紋章を遠ざける為にファレナを出たのに、また戻る事になるんだよね…。
でも、考えてみたら…解放戦争の時は、ソウルイーターを味方につけてたって事になるし。
もし、今のファレナがかつての群島の様に罰を必要としているのだったら、リトーヤソール王子の仲間になるのは始めから示されていた道なんだろうね。
今にして思えば、断罪の封印球が僕らを引き合わせたんじゃないかな…って僕は思うんだ。
だから、紋章の事は恐れずに仲間になっても良いと思うよ。
…テッド次第だけどね」
そう言って、リクリは笑顔でテッドを見る。
その笑顔は、初めて会った時と少しも変わらない。
あたたかく、見守る様な笑顔。
「…そこまで言われて嫌だなんて言えるかよ。
まぁ、俺としてもこのままじゃ後味悪いし。付き合ってやるよ」
「うん」