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誰かの話をしようか、

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 あの頃、この街でカラーギャングといえば必ず名前が挙がったブルースクウェアはやがて、俺たちの手には余りつつあった。鼠算的に増えていった仲間たちは次第に、コントロールを失うくらいの数になっていたものだ。呼んでもいない先輩たちが派閥を作り始めた頃合いだっただろうか。ゆっくりと離れるようになったのも、ちょっとした火種を撒くように動き始めたのも。あの男がそのリーダーに収まったのも。
 大きくなりすぎた荷物を捨てることを青葉が選んだろうと、いまになればわかるそれを、当時は何処まで理解していただろうか。騒ぎを起こそうとその策に乗ったのは、ただ、勝者になる優越感を忘れられなかっただけかもしれない。いつでも彼がもたらすものだけは、俺たちの期待を裏切らないと知っていた。
 いまでも、何ら変わっていない友人たちと、これはちょっとした遊びの延長なのだ。
 この街を舞台に俺たちが何が出来るだろうかと、毎日のように考えている。そこに立っているのは自分とは違う誰かのような錯覚にも乗じて、日常と化した非日常に溺れているのだ。
 ダラーズの創始者をリーダーにするなんて、その案にも何が籠められているのかなんて、深く考えるまでもなかった。決断するのも考えるのも俺の役目ではないと、言えるくらいにはいつだって、その向こう側に何かを委ねている。

「……あれ、」
 あえて避けていたのかと言われると否とは言い切れないものもあったのだけれど、そもそもこの広い校内で顔を合わせたこともない奴らなんて山ほどいるものだ。
 軽く目を丸くしてから笑いかけてくる無防備な相手に思わず、堪え切れない溜息がこぼれるのは自然だろう。きっと第一印象以上に二度目のインパクトが強烈すぎるからいけないのだ。
 いつでも自分の記憶とのギャップに、少しばかり戸惑う羽目になるのはきっと、自分だけではないだろう。何処からどう見ても至って平凡な、優等生のような顔をした彼が俺たちの「リーダー」だなんて冗談みたいな話だ。まあ、そうは言っても結局のところ彼の命令は青葉を通じて俺たちに入ってくることがまだ、大半だった。むしろ顔を覚えられていたのか。なんてほうに驚くべきだろうか。
「……ああ。先輩、どうも」
 やけに多いプリントを抱えているあたり、先生か誰かに頼まれたのだろうか。
 このひとはもしかして要領が悪いのだろうかと、思わずにいられない。淀むように口ごもる俺のことなどまるで気にしないように瞬いて、そっと首を傾けるように見上げてくる表情が少し和らいだ。
「きみ、来良だったんだ」
「ええ、俺と数人程度ですけどね。あいつら馬鹿ばっかなんで……って、大荷物ですね、何処か持ってくんですか? 少し持ちますよ」
「え、いいよ悪いし」
 青葉と、学内で話をしたことはなかった。
 それは別に深い意味があったわけでもない。俺たちはまるでただの顔見知りのような素振りを、小学校高学年の頃から自然と続けていた。いかにも優等生然とした彼と、自分たちでは少しばかり印象が違うというのもあったし、そのことがいざという時に面倒にならないと知っていたからだ。
 だからまあ、このひとにしたって、俺たちには表向き、何ら関わらないだろうと思っていたのだけれど。試すようにそうかけた言葉にも遠慮がちに返ってくる言葉に何ら含まれるものがない。思わず毒気がぬかれたように溜息が洩れたのも肩を竦めたのも、ちょっとした反射運動だ。
「別に、通りかかったら誰でも手を出しますって」
 そういえば校内でも外でも初めてちゃんと話をした、と思うと同時に、耳慣れた声が少しだけ普段は聴かないような声色で廊下に響いていた。
「―先輩、」
 自然と「青葉くん」だなんて笑う調子で足を止めた先輩に、じゃあ、と軽く挨拶程度の声を残して廊下に足を向ける。
 集団から別れてこちらにやってくる青葉に擦れ違いざま軽く手を振ってから階段へと足を進めた。背中の向こうでも同じようなやりとりをしているような様子で、思わず口許が笑う息を吐きだした。


「なにみてるの?」
 妙に長かったホームルームが終わる頃にはもう他のクラスは思い思いに散っていて、ぼんやりと視線を投げた先の校庭を見慣れた相手が何人も歩いている。長い髪を結んだクラス委員の少女が声をかけてきて、頬肘をついたまま瞬くように見返すと、何か言いたげに見上げるように目端にうつっていた青葉が先輩の後ろをかけるように校門へと消えていった。放課後の街に繰り出すということは何かやるつもりだろうか、と頭の隅で考えながら口許が自然と愛想の良い笑みをつくっている。
「……あれ、黒沼くんだ、仲いいの?」
「うん? いや、中学いっしょだったんだよね」
「へえ、そうなんだ。わたしも委員会で会った程度だけど、可愛い子だよね。あ、男の子にこういう言い方は悪いか」
「はは、確かに。本人聞いたら怒るかも。あ、これでしょ。ちゃんと持ってきました」
 机の中を探って書類を取りだすと、少しだけはにかんだ彼女の細い指先が丁寧に拾い上げていく。
「うん。ありがと、次はちゃんと期限守ってよね」
「はいはい」
「はい、は一回でよろしい」
 わざとらしい会話に周囲がからかうように声をあげる。なんて、随分と平和なのだ。この町も世界も、なにもかもすべて。俺の日常なんて。

 ざわざわとした廊下を抜け出して、携帯電話でダラーズのサイトを覗いてみる。
 幾つかの掲示板に潜り込むのはこのところの俺の役割で、釣針の餌としては格好だと言われる程度には目立たずに煽るのも得意なほうだった。なにを以てそう判断されているのかなんてことも、あのリーダーが考えているのかそれとも青葉が決めているのかなんてことも、知らないままなのだけれど。夢中になったふりをして、それでも何処か意識の隅がまだほんの少し冷めている。
 相変わらず下らない掲示板のやりとりは少しずつ現実味を帯びていて、動き出すのも時間の問題だろう。煽りたてるように適当なコメントを打ち込みながら昇降口を抜けた。
 まるで忠実な僕のような顔をしてみせる青葉が何処まで本気なのかはわからない。ゆっくりと牙を磨いているのならば、文句はないのだけれど。もしかしたらただ深い海に溺れるのは俺たちなのかもしれない。それでも、あいつが招くならば一寸先が闇でも構わないと、思うのはちょっとした中毒症状だろうか。
「……もしもし?」
 震える携帯電話の画面が見慣れた名前を表示して、思わず咽喉が微かに笑う息を零す。

 それでも残念ながら俺は決断する役割じゃないものだからまだ、息を潜めるように合図を待っているのだ。
作品名:誰かの話をしようか、 作家名:繭木