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うそと嘘

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あの人の優しさを、私は忘れたことがない。

そんな言葉は初めて聞いたので、ハンガリーは自分の耳がどうにかなってしまったのかと思った。正式な会談だからと初めて女物の正装をして現れた自分に、そっと目を細めたオーストリアは、二人きりになったときにこっそりと言った。
「お似合いですね」
パチクリと瞬いた睫が、どれくらいの長さに見えているのかをハンガリーは知らない。ただ、何を言っているんだろうと思った。バルコニーにですら凝った模様を彫り付けたお屋敷を持って、自分が身につけているよりもよほどひらひらとした衣装をあっさりと着こなして、貴公子そのもののように存在する青年の言葉とは思えなかった。
「なに……」
言ってるんだ、と笑おうとして詰まった。政治の話が始まるから、と体よく追い出されたバルコニーは風が強くて、着慣れないドレスが膝にまとわりついてくる。風が頬を切る感触は好きなままだったけれど、こんな形をしているものにはまだ慣れていなかった。そんな少女の戸惑いを見透かしたように、オーストリアは笑ったのだ。
「早駆けをしているときの貴女と、同じくらいに」
笑って言ってくれたので、ハンガリーは泣いてしまった。そんなことを言ってくれた人は初めてだったのだ。初めて、過去とこれからを一致させてくれた。そんな相手を慌てさせている状況には申し訳なく思ったのだけれど、どうしても止まらなくてウグウグとそれこそ女性らしさの欠片もない嗚咽を上げてしまう。呆れた声音のため息のあとで、手を伸ばして柔らかく頭を撫でてくれた、オーストリアの方がやっぱりよほどフリルが似合うとハンガリーは今でも思っている。

今でも。

作品名:うそと嘘 作家名:フミ