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空の瞳

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「えらい早お行ってしもうたなあ……」



隣で忍足が呟いた。
その声は屋上の強い風と、眼下のテニスコートの歓声にかき消され、
すぐ傍にいる宍戸にもやっと聞こえる程度。
ちらりと横目で見たその横顔は、長い髪に隠されて伺うことが出来なかった。


9月の風は残暑の薫りを残していたが、まるで秋を運んでくるかのように、
閑散とした屋上を急ぎ足で通り過ぎていく。
パタパタと制服の襟がはためいた。


「いやにセンチメンタルじゃねえか」

「俺、案外繊細なんやで」

「そんなタマかよ」


そう言うと、ふっと笑う声が聞こえた。




頭上の太陽はさんさんと屋上を照らし、反射したその眩しい白が俺の目を射した。
空が抜けるように青く、夏の残り香のような積乱雲がゆっくりと流れている。
目の前を鳥が一羽、通り過ぎていった。



歓声が聞こえた。



フェンスに寄り掛かり、前を見つめていた長身の男はテニスコートを見下ろしている。
もちろん俺も。


「日吉と鳳、どっちもええ勝負しとるやん」

「ああ。日吉も長太郎も、跡部の穴を埋めようと必死なんだろうな」


まだ日吉の方が少し上か。

模擬試合をしている後輩達の姿を眺め、長太郎のノーコンもマシになったなとか、
日吉は本当にあれからずいぶん練習したんだろう、進歩したなとか、そんな事を思いながら、
俺はそこに自分達がいないという違和感をちりりと感じていた。
自分達3年生がいないテニス部の風景。
コートフェンス近くに生えている木が落とす影の中のベンチには、ジローがいない。
ダブルスコートには横の男と、賑やかなその相方がいない。俺も然り。
日吉が部員達に指示を出している。その位置には、あの男が居なかった。



「跡部、いつ帰ってくる言うてた?」

「さあ、聞いてねえ。というか、聞いたけどわかんねえって」


1年かもしれねぇし、2年かもしれねぇし。
もしかしたらもっとかもなと、跡部は言った。
俺はその言葉を思い出す。





今よりももっと強くなって帰ってくるから、それまでに全員レギュラーとっとけよ。



空港で皆にそう言って、不敵に笑ったその顔。
背筋を伸ばして、すっと前を向いて搭乗口へ向かっていったその背中。
俺は焦燥にも似た思いを感じながらその背中を見送った。
空港の屋上で聞いた空を切るような離陸音や、飛び立つ時にキラリと光った機体の銀色が
俺のその気持ちを増長させたような気がして落ち着かなかった。
ただ、見上げた雲一つない抜けるような青空が、あいつに瞳に似ていると思った。




関東大会が終わった夏、8月の残暑の中を、そうして跡部は日本を発っていった。








「留学先、フランスやったっけ」

「本場のテニス、思いっきし見れるんだろうなあ」


いいよなあ、俺はそう言いながらフェンスから離れ、貯水タンクの梯子をよじ登り、
その横、屋上の扉の屋根の上に寝ころんだ。
うまくタンクが陽を遮っていて、俺は影の中で目を閉じる。



また歓声が聞こえた。
小気味よいインパクト音が、校舎に反射して響いてくる。



「宍戸」


呼ばれて、俺は「ん?」と返事をしながら目を開けた。
貯水タンクの梯子が太陽の光に反射してチカリと光る。


「俺、今日ほんまにセンチメンタルかも」

「あ?」


俺は身を起こして屋根の縁に座る。
忍足を見下ろすと、彼は相変わらずフェンスの向こうを見ていた。


「俺なあ」

「ん」

「跡部が好きやった」


長い髪を風になぶられるままにして、忍足はぽつりと言った。


「もちろん、変な意味とちゃうで?」

「ああ」

「跡部のテニスが好きやった。憧れやった。」


ああ、俺はもう一度頷く。


「一つの事に、あんだけ集中してのめり込める、思いっきり努力できる。
そしてそれを隠さんと、堂々と前だけ見て、地面にすくっと足つけて立っとった。」


かっこええな思った。
そう忍足は言って、くるっと宍戸の方を向き、カンカンとタンクの梯子を登って宍戸の隣にくると、
その長い足を屋根の縁から垂らして座った。


眼下のテニスコートでは、まだ2人の後輩の試合が続いている。
俺は隣に座った忍足を横目でみた。
逆光で、よく顔が見えなかった。細いフレームがキラリと光る。


「たかが部活動、たかがテニスや。初めは、なんでこない一生懸命やるんやろ思っとった。
練習も毎日めちゃくちゃハードやし、あんな奴やから、怒ったら恐いしな」


忍足は笑いながら言う。


「ほら、俺こんな奴だし?努力とか、一生懸命とか似合わへんやん?」

「お前がいきなりそんななったらキモイわ」

「ひっどいなあ!」

「自分が言ったんだろ」


そういうと、忍足はふっと笑った、ようだった。
相変わらず表情が見えない。


「だからな、そんなに一点を見つめて真っ直ぐに走っていける跡部や宍戸が俺、
羨ましかってん」

「俺も?」

「何言うてんねん。努力や根性の代名詞みたいな奴が」

「うっせえよ!」

「誉めてんねんで?」


そういって笑いながら忍足は俺の短くなった髪をくしゃくしゃとかき回した。
おれはその手を払いのけながら言った。


「俺はただ、逃げ出すのだけは嫌だったんだ。
負け犬の姿を、みんなに見られたくなかった。」


跡部に、見られたくなかった。

あんな特訓をしても、レギュラーに戻れる保証なんてなかったけれど、
がむしゃらにやっている間は、俺はまだ負け犬じゃないと自分に言い聞かせることができた。


「でもできたやん。レギュラー復帰」

「ああ。長太郎のおかげだ」

「そやな」



テニスコートでは、部員の中ではひときわ背の高い銀髪の後輩がサーブを打つ所だった。



「ダブルフォルトー!なんてな」

「そんな訳ねえだろ!俺が特訓したんだからよ」


一球目。
綺麗にインコートに決まった剛速球。
長太郎がガッツポーズをしている。


「うまくなったなあ……」

「ああ……」



本当に上手くなった。
俺達が面倒を見ながら共に肩をたたき合いやってきた後輩達は、
こうして俺達から巣立っていく。
1年前の自分たちのように。


「長太郎には、感謝してもしきれねえ。
ああして大会のコートに立てたのも、
あいつのおかげだから」


それからもう一人。



俺はテニスコートをじっと見つめていた。
その時自分はどんな表情をしていたのだろうか。
俺の顔をちらっと見た忍足は、ニっと笑って、


「なんや、自分もおセンチさんやなあ」


と言った。


「ああ!?てめえと一緒にするな!」

「強がらんでもええよ」

「強がってねえよ」

「ええって、俺が聞いたるさかい」


そう言って忍足は俺の頭を自分の肩に引き寄せた。
忍足の手は大きくて、そしてすこし冷たかった。


「……」


その手を振り払わなかったのは、やはり自分もすこしセンチになっていたからだろうか。
忍足のサラサラとした長い髪が風に吹かれ、顔をくすぐる。
俺はしばらく、目を閉じて、忍足のその広い肩に体を預けていた。





「お前、跡部憧れだっていったじゃん?」

「ん」
作品名:空の瞳 作家名:310号