空の瞳
頂点に君臨しつづけるの。
俺やったら無理やもん」
天才と呼ばれている、隣の男はそう言って下を向いた。
さらっと髪が落ち、風になびいて揺れていた。
ああ、この男も辛かったのか。
天才と呼ばれながらも、跡部より上に行くことはできず、
天才と呼ばれていたから、がむしゃらにがんばって上に行こうともしなかった。
できなかったのだ。
跡部の気持ちを一番わかっていたのは、もしかしたらこの男だったのかもしれない。
ふわっと風が吹いた。
忍足の髪が舞い上がり、その横顔を見て、
俺は、何か言わなければいけないことがあると思った。
午後の太陽を受けて反射する照明を見ながら、俺は言葉を探す。
「……俺、長太郎や跡部やみんなが居なかったら、今の自分は無かったって思ってる。
もちろん、お前もはいってるぞ」
「おおきに」
「…………感謝してる」
俺が前を向きながら言うと、俺のしかめ面が可笑しかったのか、
忍足はふっと笑って、もう一度、ありがとさん、と言った。
ちらりと横目で見たその端正な顔、キラっと光ったのは、太陽が反射したレンズのせいだったか。
忍足は突然立ち上がると、伸びをして、俺って女々しいなあ、と言った。
「自覚有りやけど、がっくんにも時々バカにされんねや。
あいつ、見かけによらず男らしい性格しとるで」
見上げた男の表情は、もう俺には見えなかったけれど、
たぶんすがすがしい顔をしているんだろう。
俺はそのまま視線を空に移した。
青かった。
どこまでも青く広くて。
やっぱり似ている、そう思った。
深く透き通るような青も、手を伸ばしても届かない程高く広くて、そして尊いところも。
時には雲が覆って雨が降ったり、嵐がきて雷が鳴り響く時もあったけれど。
その向こうには常に青空が広がっていて、眩しい太陽が光輝いているのだった。
この空は、跡部のいるフランスにも、どこまでもどこまでも繋がっているのだろう。
飛行機が雲を引いて通っていく。
「早く帰ってくるとええなぁ」
忍足は眩しそうに空を見上げて、そう言った。
「ああ」
「俺、身長抜かれてたらどないしよう」
想像したら、可笑しくて笑えた。
俺は立ち上がって忍足の背中をばしっと叩いた。
「お前も、今以上に努力して体鍛えろ!
なんだこの腕の白さは!
これがテニスやってる腕かよ!」
忍足は痛そうに背中をさすって文句を言っていたが、
そうやな、お前にまで身長抜かれたら洒落にならんし、と笑いながら言った。
「新生おしたりになったろうやないか!」
「なんだよそれ」
「かっこええやろ?樺地くらい背ぇ高くなった俺を想像してみい」
「それで、樺地みたいにごつくなって色黒になるんだろ?」
「そこまで想像せんでええ!」
俺達は互いに笑い合い、肩をたたき合った。
涙ににじんだ空の青さが目に沁みた。
ガタンッ!
ふいに下の扉が開き、ゆーし!宍戸!いるかー?と、聞き慣れた声が聞こえた。
「がっくんやないか。どないしたん?」
見上げた向日は、俺達を見つけると、
これこれ、と手に持っていた物(ハガキの様だった)を振って見せた。
「跡部からの絵はがき!あいつ、元気にしてるって!」
下に降りていき、その豪華な作りのハガキを2人でのぞき込むと、
写真の中の跡部が不敵な顔で笑っていて、
フランスの町のテニスコートに立っていた。
フランスの空の色はやはり、その瞳と同じ青だった。
END