夏越の祓え
夏越の祓え
「ねえ、夏祭りに行こうよ」
わたしたち雪むすめにとって、うんざりするような暑い夏のある夜。お天道さまをさけて過ごす夏籠もりに退屈した感じで、幼馴染みのつららが、だしぬけにそう言ってきた。
「なつまつり? それって、山をおりた里の?」
「そお。ね、行こうよ」
「だめだよ。ふもとは暑いよ、あたし、溶けちゃうもん」
「だから一緒に、ってゆってるんじゃない。あたしの方が、あんたよりはちょっとだけ暑さに強いし。それに二人でいれば、お互いの妖気で何とかなるって」
つららは、ものすごく積極的で楽天的。「楽しければいーのよ」とか「楽しまなきゃソン」だとか、口ぐせみたいにいつも言う。
「それに、もう夜だからずっと涼しいんだってば」
涼しい。その言葉でわたしはすこし考えて、つららのいうことも正しいかなって思いはじめる。
だってやっぱり、ずっと籠っているのは退屈だもの。
「……うん、じゃあ、いく」
「そうこなくっちゃ♪ そうと決まれば、善は急げってね」
入口のむしろをめくりあげ、わたしたちは夜の遊びにでかけた。
「ねえ、つらら」
「なに」
「おとうさま(山の神)のおゆるしはもらったの?」
「もらってない」
「え?」
そんなの、あるわけないじゃないと事もなげに言い、「帰ったら、一緒に叱られようね♪」と言って駆けだしていく。
…やられた。
こういう場合、つららは『いっしょに』謝ったためしがないんだから。いつもわたし一人、貧乏くじを引いている。
でも、ここで帰ってひとりで叱られるのは、やっぱりつまらない。
「まってよ、つらら!」
名前をよんで追いかけながら、つららが『楽しまなきゃソン』っていうきもちも分かる、と思った。
* * *
「わ、すごい熱。それにすごい人の数。賑やかで、お山とは、ちっともちがうのね」
大声で歩くひとたちを呼び止める声、女の子たちが集まってはしゃいでる声、お父さんにおねだりをする男の子、みんな楽しそう。
見るものすべてがはじめてで、一ヶ所をみることができない。ときどき、歩いてくるひとにぶつかってしまう。
「ほらぁ、手ぇ、つなぐ!」
ふらふらと歩くわたしの手を、つららがぎゅっとつかまえた。
「はなしちゃダメだからね」
「あ、りがとう」
つららが言ったとおりに少し涼しかったけど、やっぱり暑い。
繋いだ手のひらから冷気がつたわっていい気持ち。
わたしたちははぐれないように、溶けてしまわないように手を繋いでふたりで駆け抜ける。
二人とも着物も村の子供っぽいのに替えてきたから、誰もわたしたちに気付きはしない。
(…このままずっと、気づきませんように。)
少しだけお祈りして、あとはつららについて走った。
黒い空に、ずらずらとならんだ提灯は朱色で、ほおずきに似ててとてもきれい。
「わたあめ食べよう! あと、リンゴ飴もね」
「おかねなんかあるの?」
「あたぼうよ」
つららは、帯のあいだに挟んでいた巾着を引っ張り出して見せる。
チャリチャリと、お賽銭みたいな音がする。
「ねえ、そういう言い方、またオババにしかられるよ?」
「いいんだよ、これでサ」
オババはいつも「はしたない!」って怒るけど、やめようとしない。
つららは、本当に雑な口の利き方をするけど、なんだかとても似合っている。
突然、ひゅるひゅると笛のような音がして、すぐに大きくドンと鳴った。お山でときどき聞こえる『てっぽう』に似てたから、思わず悲鳴を上げてつららにしがみついた。
「ばっかねぇ――大丈夫よ、ほら、上。見てご覧よ」
大丈夫だからとくりかえされて、こっそり顔を上げる。
いくつもいくつも聞こえる爆発の音、火薬のにおい。その度に真っ暗な空に花が咲いた。
まるで…まるですぐに溶けて消えてしまう、初めて降る雪みたい。キンと冷え込んだお山で見る、冬の星空みたい。
「きれい」
「花火っていうんだよ」
おない年なのに、なんかえらそう。つららはあたしより色々知っている。
けらけら笑って、そしてあたしをいつもいじめる。
でもいつも一緒。
こっそりと今日みたく悪いコトなんかも教えてくれる。
いじわるなつららは嫌いだけど、こういう時のつららは、すき。
一番涼しい場所にりんご飴をかじりながら二人で並んで花火を見る。わたしは隣にいるつららをこっそり見る。
「あたしも、ね」
「ん?」
「あたしも、おおきくなったら、つららみたいな美人になれるかなあ?」
わたしの質問に、つららはヘンな顔をして黙りこくる。そして「……無理」といってそっぽむく。
「ひどーい! つららのイジワル!」
風船みたいにほっぺたをふくらませたわたしに、つららは「ゆきめのくせに、ヘンなこというからさ」って言う。
まったく、もう。
手を繋いだまま、わたしたちはちょっとの間、口げんかをした。
それは夏の夜の思い出。
end