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ラブレター2

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Trick −罠−





 もしかしたらそれは言葉通りの意味ではなく、彼らしい軽い侮蔑を含んだ揶揄だったのかもしれない。
 けれど、それは自分にとって当たり前のことであり、たった一つの揺るぎないものだったから、なんの気負いなしに答えると酷く拍子抜けした表情をされたことを、今でも憶えている。けれどその彼の表情で、自分が酷い思い違いをしていたことを思い知らされて、それ以来、彼と言葉を交わす度にその真意を探る癖が付いた。
 二度と勘違いなどせぬよう。
 二度も傷付かぬよう。
 慎重に、気をつけて。

 それでも時折、彼が囁く言葉を信じたくなる自分は、すでに侵されてしまっているのかもしれない――――。



「最近、侑士がおかしいんだよな…………」
 部活が始まる前、部室で着替えていると岳人がどこかぼんやりとした口調でそう呟いた。それを耳にしたのは、同じように部室に居た宍戸と樺地、そして跡部の三人。その中で、宍戸だけが不審そうに眉を寄せて岳人を見返した。
「おかしいってどんな風にだよ」
 あいつが挙動不審なのは今に始まったことじゃねえだろ。
 嘯いて、軽く流そうとする宍戸に岳人は向き直って、
「ほんとに変なんだって!だってあいつ、居残りまでして練習やってんだぜ」
「…………そりゃおかしいな」
「ウス」
 だろ?と云いながら、宍戸の同意を得て岳人は意気込んで詰め寄る。
「あんなに練習嫌いだった奴がさ、一人最後まで残ってやってんだぜ。しかも気持ち悪いくらい真面目に!」
「…………岳人」
 宍戸は岳人を呼びながら、その薄い肩にぽん、と両手を置いて神妙な表情をしてみせた。
「何?」
「お前、一応あいつの相方だろ。部のためを思うなら速やかにやめさせろ。本気で気色悪いから。」
 見ろ、鳥肌立っちまった。
 云われて、宍戸の腕を見ると本当に鳥肌が浮き出ていて、そこまで気持ちが悪がられる忍足の素行不明さに、岳人は暫し遠い気持ちになる。
「あ、……いや、でもやる気になったのはいいことじゃん。だからあまり強くも云えないんだよな」
 ぽりぽりと頬を掻きながら呟くと、先程から黙ったままの跡部が見えたので、特に他意もなく問いかけた。
「なあ、跡部は知ってる?なんで侑士が急にやる気を出したのか」
 突然話を振られた跡部は、驚いたように一瞬ぴくりと動作を止めたが、しかしすぐに何事もなかったかのように首を振ってみせ、
「お前が知らねえことを俺が知ってるわけねえだろう」
 云って、そのまま着替えを続ける。
「そりゃそうなんだけどさぁ……」
 なんとなくその跡部の態度に違和感を覚えながらも、それが何なのか掴めないまま内心首を捻っていると、それを遮るように宍戸がロッカーの扉を閉め岳人の背を押した。
「まあ忍足には忍足の考えがあるんだろうよ。意味のねえことするような奴じゃねえし。それより早く行かねえと監督にどやされるぜ。そろそろ始まる時間だ」
 壁に掛けられている時計を顎で示す宍戸につられて岳人が見やると、それは練習が始まる時刻の四分前を指している。
「やべっ、早く行かないとまた監督に厭味云われる!」
 岳人と宍戸は慌てて小走りにドアへ向かいながら、振り向きざま
「跡部、お前も早く来いよ。お前が遅れると監督の機嫌が下がるんだから」
 云い捨てて、そのまま足音も荒々しく部屋から出て行った。それを見送る跡部は樺地の視線に気が付き、無言で促すと樺地は一礼をして部室から出て行く。岳人達が出て行った時とは正反対に静かに閉じられるドアを眺めながら、跡部はようやく詰めていた息を吐いた。そして岳人が呟いたセリフを思い出す。

「最近、侑士がおかしいんだよな…………」

(何が原因なのか、なんて判ってたまるか…………)
 あんな身勝手な奴のことなんて。
 そっと眼を伏せ、ロッカーの扉を閉める。パタン、と小さな音を立てて閉じられた扉に、自身の身の淵でも何かのドアが閉まったような気がして、跡部はほっと息を吐き知らぬ間に力が入っていた肩の線を緩めた。
 きっと、今だけだろう。もしかしたら大会の再出場が決定したからなのかもしれない。もしくはあの青学との試合で無様に負けを晒したことで、矜持を傷つけられたという理由からかもしれないし。
(あれで結構プライド高いからな)
 まあ、それくらいでなくてはこの氷帝でレギュラーなどやっていけないのだが。
 そう、いつもの気まぐれに違いないのだから。
(だから、期待なんてする方が馬鹿げている)
 今でもはっきりと憶えている。あの、忍足の言葉を。

 都大会で青学との対戦を控えていた時、一人残って自主練をしていたら珍しく忍足と話した、あの日。



「なんや自分、いつにも増して熱心やな」
 声を掛けられて振り向くと、普段あまり話すこともない忍足が居て、跡部は軽く驚いた。
「当たり前だ、相手はあの手塚だからな。どれだけ鍛えても足りることはねえ」
 云い捨てて再び球を宙に掲げようとした時、忍足はそれを遮るかのように言葉を重ねる。
「せやなくて、跡部にとって手塚はそないに特別なんかと訊いてんやねんけどな」
 それにぴたりと手を止めて、跡部は忍足に向き直り真っ直ぐその眼を見つめて答えた。
「愚問だな。あいつ以外の誰もこの俺を熱くさせるやつはいやしねえ。手塚はこの俺が唯一認めた男なんだからな」
「……いやに饒舌やな」
 いつもは何を訊いても軽く流すだけのくせに。
 そう詰るように云われて、跡部は微かに眼を細める。
「お前が訊いたんじゃねえか。俺にとって手塚が〝特別〟なのかと訊かれたらそうだ。今までも、そしてこれからもあいつ以上の相手はどこにもいないだろうよ」
 どこまでも直線的で真っ直ぐな跡部の眼差しに、忍足は痛みを感じたかのように視線を落とし、呟いた。
「…………なんや、つまらん茶番見てもうたな」
「なんだと」
 そう小さく嘲笑う忍足の表情が引っかかって、跡部は鋭く問い返したが、忍足は云うだけ云って踵を返し後手を振りながら去って行く。
「せいぜい気張りや」
 跡部はその後姿を、黙って見送ることしか出来なかった。



 今思い返しても、小さく鈍い痛みが腹の底をじくじくと刺激する。
 忍足のあの理不尽な言葉に怒りを覚えたのは一瞬。後からじわりと湧いてきたのは静かな哀しみで。
 あの時に悟ったのだ。忍足は決して本当のことを云う気はないのだと。遠回しで探っては深入りせぬよう、……傷付かぬよう一定の距離から近付いて来ることはない。
 薄々気が付いていて、気になるくせに確かめることもできない臆病な男。
 意気地のない奴だと、くだらないと切って捨てるには自分の中で抱える想いが大き過ぎた。そして何もしないくせに忍足を臆病だと誹るだけ傲岸にもなれない。誰だって心を傾ける相手にはそれほど強くはでられないものだろう。
 まして、それが友人だとなおさら。
 互いが互いの気持ちに気付いていても、どちらかが行動を起こさない限りそこから動くことはないのだ。そして自分達はその均衡を崩す気もないまま、ただ漫然ともがいている。
 あるいはもしかして、と少し期待していたのかもしれない。けれどそれもないと判った今、自分がしたことは忍足を不用意に傷付けてしまっただけでしかない。
作品名:ラブレター2 作家名:桜井透子