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かくれんぼ

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 話をする前までは、何時もと変わらず大勢が汗を流して練習していた筈なのに。
五人が完全に状況呑まれ、硬直したまま無言で佇んでいると、狙ったかのように携帯電話の着信音が鳴り響いた。
「ひっ!や、やだよう、怖いー」
「誰の携帯だよ」
 岳人が飛び上がって悲鳴を上げ、宍戸が引き攣った顔で持ち主を促す。そして、その携帯の持ち主である忍足は、着信拒否したい気持ちを堪え、恐々と手に取った。見ると発信者は……、
「あ、跡部からや」
 その言葉に、安堵で酷く脱力した四人は口々に「脅かすなよお」と愚痴を溢した。
 忍足は慌てて通話ボタンを押す。途端、聞こえてくる跡部の声で次第に落ち着いていく自分を自覚する。まるで耳元で囁かれているような安心感と、本日初めて聞く彼の声に面映さを感じて頬を緩めた。が、
「えっ!ち、ちょっと待ちいや。そらないやろ?」
 跡部からの用件に、一気に奈落の底に落とされたような気持ちになる。
「――――せやかて、こっちのが十日も前からの約束やんか。納得なんかできひん」
 どんどん険しくなる忍足の声音に、他のみんなは僅かに緊張した面持ちから「またか……」という呆れたような表情に変わった。そんな周りの変化などものともせず、忍足は更に語気を強めて跡部に抗議する。
「あかん。何ゆうてもこっちのが先約なんやから守ってもらわなおかしいやろ。――――そんな怖い声出しても駄目です。あきません!……って、ちょっと待て、コラ――ッ」
 どうやら一方的に通話を切られたらしく、忍足は非常に不愉快という表情で舌打ちをした。
「……どうかしたんですか?部長」
 よせば良いのに、先輩思いの後輩は誰もがあえて聞かないことを尋ねる。
「今日、金曜やし明日は練習午後からやろ?せやからこの後デートする予定やったん。そんであわよくば跡部にお持ち帰りされようかと思ってたんに、あいつ急に気が乗らんいうてキャンセルしてきよった」
 本当に、心底悔しいのだろう。盛大に眉間に皺を寄せたその表情は、何時も人当たりの良い彼とは思えないほど険しい。だが、周りにしてみれば、その内容はバカップルの愚痴以外の何者でもなく、聞いてやるだけ馬鹿らしいといった心境だった。
「しょうがないじゃん、跡部なんだから」
 岳人が理屈に合わないことを云うが、こと、跡部に関してはこういう理不尽な言い草で納得せざる負えないようなことが、ままあるのも確かで、一種諦念にも似た気持ちで受け止めるのが習慣となっている。しかしそれに染まらなかったのが忍足であり、その粘り強さがあったからこそあの跡部と付き合っていけるのかもしれない。
 そんな相方の跡部馬鹿な処は結構好きなのだけど、こういう時の忍足は下手に近寄ると絡んでくるので勘弁してもらいたい。
 誰しも嫉妬混じりの愚痴は聞きたくないのである。
 それが率直な気持ちだ。
 尚も切られた電話を恨めしげに見詰め続ける忍足を尻目に、気付かれない内にとその場から歩き出した。そんな岳人につられたかのように、慈郎、宍戸が後に続く。鳳は忍足を気にしながらも、やはり巻き込まれることを恐れてその場を去って行った。自然、残るのは携帯を睨み付けている忍足だけが残った。
 どれだけ経ったのか、忍足が我に返った時にはもう誰も存在せず、最後に確認した時より自分の影が幾分か長くなった頃だった。
「なんやねん、つれない奴らやなあ……」
 そうぼやきながら、かしかしと頭を掻く。
「――――…帰ろ」
 誰も居ない夕闇に暮れかけたコートは、普段の喧騒に溢れた光景と違い、何やらもの寂しい静寂に包まれている。まさしく逢魔ヶ刻と云うに相応しい様子に、じわり、と背筋が寒くなった。
 こんな所に何時まで居ても意味がない。忍足はベンチに置いてあった荷物を持って立ち去ろうとした。出入り口のフェンスに手を掛け、潜ろうとしたその瞬間、


〝――――……〟


「……?」
 一筋の風に乗って、誰かの声が聞こえたような気がした。振り返って見渡してみるが、人の姿もなく静まりかえっている。
 忍足は、ゾクリ、と厭な悪寒を感じて足早にコートを出ようとした。けれど、外に一歩踏み出した状態で、何の気なしに再び振り返り、誰も居ない空間に向けてぽつりと呟いた。
「――――まあだだよ……」
 云って、暫く夕闇を眺めていたが、さやかに冷たい風が頬を撫でる感触で我に返る。自分でもよく判らないまま呟いた意味のない言葉に不審に思いながら、云い聞かせるように、
「あかんあかん、あんな話しよったから変な気になんねん。……早よ帰ろ」
 首を振りつつ、今度は一度も振り返らぬままその場を後にした。だから、忍足は気付かなかった。
 誰も居なくなった其処に人が現れる筈もなく、ただ時折さわさわと木々を揺らす風が吹くばかり。けれど、きちんと片付けられたコートの隅に、先程まで存在していなかった黄色いテニスボールが、風もないのに、ゆっくりと転がっていった――――。




























〝――――…もういいかい?〟
作品名:かくれんぼ 作家名:桜井透子