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銀塊と紅霞

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目を閉じたら、死ぬと感じた。
 盾で、ダークは自分に向けて振りかざされたその剣を防ぐ。がきん、と大きな音を立ててなんとか防ぎはしたものの、その衝撃で僅かに体がよろめいた。
 そのよろめいた隙を狙われないように、すぐに体制を立て直し、後ろに数歩下がって、荒れた息を整える。
 目を閉じたら死ぬ。目を閉じるだけではない。気を抜いても、体を動かすことを諦めても、きっと死ぬだろう。
 ただあくまでもこれは剣の手合わせなのであって、実際に命の危険にさらされることはまずないと言っていいだろう。しかし手合わせだからと気を抜くような真似はできない。
 目の前の相手をきつく睨む。目の前に居るリンクは、持っている剣をくるくると回してダークを挑発している。頭に血が上っては負けるとわかっているので、その挑発には乗らずに、もう一度息を吸って呼吸を整えた。
 自分が挑発にのらなかったと気付いたのか、リンクが一気に自分との距離を詰めてくる。剣の柄を握り続ける左手にぎゅっと力を込め、リンクが間合いに入るのを待った。
 リンクが剣の間合いに入ったと思って、剣を横に薙いだ。が、剣を振るのが少し早かったのだろう。リンクはわずかに動いてそれを何事もなかったかのように避けた。
「……っ!」
 右臑に鈍い痛みと衝撃が走る。リンクがダークの体制を崩そうと足払いをしたのだろう。
 足払いをもろに食らった自分の体は当然よろめいて、情けなく地面に尻餅をついた。剣も盾もその際に落としてしまった。
 視界の先が銀色に光る。スローで自分に剣を向けるリンクの姿が見える。これが練習でなかったのなら、自分は殺されていただろう。ただこれは練習なので、その剣が自分の喉元から寸でのところで止まるとわかっていた。わかっていたから、無駄な抵抗をする気もなかった。
 剣先が近付く。大丈夫だ。その剣がもう一度自分を貫くようなことは、きっとない。
「(もう一度……?)」
 心の中でその言葉を呟くと同時に頭の中で、何かがばちんとはじける音がした。同時に視界に白い靄がかかる。霧がかかったような白い靄のせいで目の前のものを、自分に向けられた剣が上手く見えなかったのだが、瞬きをして靄を取り払うことをする暇はなく、ダークはじっと目の前を見つめることしか出来なかった。
 さっき聞こえた音が一体何の音だったのか、本当にした音なのか、あるいはただの空耳だったのかすらもわからないのに、その音が自分の脳をじわじわ溶かすように、いやに頭と耳に焼け付いて残響している。
 自分は視界にかかった白い靄を取り払う為に、瞬きをしたかったのだと思う。
 自分は頭と耳に焼け付いたあの音が苦しくて、頭を抱えたかったのだと思う。
 しかしついさっきまで自在に動かせていたはずの体を、どう動かせばいいのかわからなかった。今まで自分が体をどう動かして、剣を振っていたのかがわからない。体を動かしたくても指一本動かすことすら出来なくて、こうしている間もずっと自分は尻餅をついた情けない姿のままだった。
 視界にかかる靄がいっそう酷くなった。まともに前が見えなくなるほど、靄はもはや濃い霧のようになって自分の視界を遮っている。
 必死に目を凝らして、靄の先にあるものを見ようとする。霧のように濃い靄のせいで、本当に何も見えない。
 目を閉じたら、死ぬと感じた。
 確かに自分はついさっきまでそう思っていたはずだ。だから今必死に靄の先にあるものを見ようとしているのに、心のどこかでもう無理だとわかっているのだろうか、頭が無意識のうちに、目の前を見ることを拒んでいるような気がした。
 もう一度、頭の中でばちんと何かがはじける音がした。その音と同時に、靄の先に鈍く光る金色と銀色が見える。
「(……!?)」
 ほんの一瞬の間だけ、視界の靄が全て消えてしまった。
 いきなり不明瞭な世界が明瞭になったことに驚くよりも早く、靄の先にあったものに目が行った。
 靄の先にあったものは、自分に剣を向けるリンクの姿。その姿を見て、さらにもう一度ばちんと音が聞こえた。
 リンクの輪郭が二重になる。すぐに輪郭が二重になったのは、ダークの視界が歪んだからではなく、自分の記憶と今のリンクの姿が重なったからだと理解できた。
 ――ふと、似ていると思った。
 この状況が一体何に似ていたのか思い出すよりも早く、そんな言葉が、鈍った頭の中で信じられないほど早く過ぎっていった。
 そしてそんな言葉が過ぎって、自分は体を動かす方法を思い出すよりも先に、この状況が一体何に似ていたのか、必死に思い出そうと鈍った頭を叱咤させて、脳内に検索をかけていた。
 人間に比べれば非常に浅いだろう自分の記憶の底を、必死に漁る。目的の記憶が出てくるまで、そう時間はかからなかった。
「(ああ……本当に似ている)」
 その記憶と今の状況を比べた。確かに、よく似ている思った。

「(おれが殺された時に、似ているんだ)」





 「霧」というものを初めて見たのは、あいつと旅を始めて間もない頃だと思う。

「あー……まいったなぁ」
 横でリンクがぼりぼりと頭をかいて、何時間かぶりに言葉を発した。
 何時間かぶりに言葉を発したといっても、リンク以上に自分は長時間何も喋っていないはずだ。リンクに連れ出される日まで数えるほどしか言葉を発したことの無かった自分には、こういう時にどんな言葉を発すればいいのかわからない。
 自分には物事をそれなりに理解できるくらいの知能と、人間と会話をしても特に不自由は無いくらいの言語能力は予め与えられていたが、それらを十分に活用したことなど、生まれてから連れ出されるあの日まで、ただの一度も無かった。
 自分にとっては知能も言語能力も正直あってもなくても至極どうでもいいものなので、それらが無ければ生きてはいけないと言わんばかりに喋る人間達には、うるさい、という気持ちと共に酷く驚かされたものだ。
 そもそも、今話すことなど何も無いはずだ。自分達はずっと山沿いの道を歩いていて、とくに発見したものも事件も無い。あるとすればリンクがついさっき何故かはわからないが足を止めただけだ。話すことなど何も無い。だから自分は何も話さない。
 それだけのことだ。そう思って、自分の寡黙さを心の中で正当化した。
「見て、濃い霧がかかってる」
 リンクがある方向を指差した。その方向に視線をやると確かに、その辺り一体に白い靄がかかり、その靄のせいで辺りがよく見えなくなっていた。
「今日は少し寒いし、ここは高い所だから、霧くらい出るだろって思ってたんだけどね」
「……霧?」
 一言だけではあるが、数時間ぶりに言葉を発した。
 暫く声を出していなかったのと、喉が少し渇いていたので声が僅かに掠れていたが、数ヶ月もなにも喋らなかった時期も自分にはあったので、それに比べれば数時間何も喋らないことなどなんでもないことだ。寧ろこうして旅を始めてから、自分は大分喋るようになったと自覚している。
「そう、霧。ここみたいな高くて気温の低い所だと、霧が良く出るんだよ。雲みたいだろ?」
「前が見えない」
「そうだね。でも、日が落ちるまでもう少し時間があるから、もうちょっと進もうか」
作品名:銀塊と紅霞 作家名:高条時雨