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銀塊と紅霞

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 リンクが自分にそう語りかけている間もその、霧というものから視線を外すことが出来なかった。
 あんまりにも自分がじっと霧を見つめているものだから、リンクが眉間にしわを寄せて視線の間に割って入る。
「何かあった?」
「……赤」
「赤?」
「赤い霧を、見たことがあるかもしれない」
 リンクが眉の間のしわを増やして、更に首を傾げて何か考え込んでいた。
「赤い霧なんて、そんなのないよ? それにダークも多分……霧を見るのは初めてのはずだよね」
「でも、見たことがある。その時のことはよく思い出せないけど、確かに見た」
「そっか、でも……そのうち思い出せるよ。行こう」
 リンクが先にエポナの手綱を引いて、霧のかかった景色に向かって歩き出した。霧がかかっている場所はまだまだ先のはずなのに、一瞬霧がリンクの肩に、髪にかかったような気がした。
「(ああ、そうだ)」
 目の前が真っ赤に染まるほど噴出した液体。その先に見えていた、鈍く光る銀と金。
 その紅霞の先に、リンクが居たのだ。
「思い出した。……お前に殺されたあの時に、赤い霧を見たんだ」
「え?」
「噴出す自分の血が霧みたいで、おれはこの霧を見て、それを思い出したんだ」
「血って……そんな」
「でも似ている。その先に確かに何かがあるはずのに、霧のせいで見えないのが」
 あの時は、霧の先にあるものなど、見たくもなかったが。



「ダーク!」
 誰かの悲鳴が聞こえた。ぼんやりと靄がかかっているせいで、思考力が低下している頭では上手く物事が考えられずに、その悲鳴が誰のものか理解しようとすらしなかった。
 だが左手が無意識のうちに、おれはおれにずっと向けられていた「銀色の塊」を強く握り締めている。そのせいだろうか、左手の平が熱を持っていて、それと鋭いようでじくじくと痺れるような、よくわからない感覚がさっきからずっとしている。左の前腕から肘にかけ、何か液体が肌を伝う感覚もする。グローブと服の袖がじんわりと湿る感覚もして、それが酷く気持ち悪い。
 たぶん、このじくじくと全身を支配するよくわからない感覚は、「痛み」というものなんだろう。そんな自覚はあったのに、痛覚が上手く働いてくれないのか、痛いと感じることができない。
 誰かがおれの手を、今握っている銀色の塊から引き剥がそうと手をかけたのがわかった。指を一本ずつ引き剥がそうとしているのが分かる。このまま手を離せば……手を、離せば?
 おれがこのまま素直に手を離したら、一体どうなるんだ?
 きっとおれがこの手を離してしまえば、この銀塊はおれの体を貫くだろう。あの時にこの剣は確か鳩尾から少し左あたりを貫いた。今度はきっとこの剣は、おれの喉を真っ直ぐに貫くつもりなんだろう。
 だから、この銀塊を絶対に離してはいけないのだ。離してしまえば、きっとおれにとって一番起きて欲しくないことが起こるはずだ。だから銀塊から手を離してはいけない。絶対に。
 絶対に離すものかと銀塊を一層強く握り締める。手の平がさっきよりも熱を持ち、よくわからないあの感覚が酷くなった。何かの液体が手の平から噴出して、液体は服の袖を湿らせ前腕を伝い、やがて地面に水溜りを作った。じわりと脂汗も噴き出しているのがわかった。
 もう一度誰かの悲鳴が聞こえる。普段のおれならきっと誰の悲鳴かわかっているはずだ。おれが何度も聞いたことのある声だろう。でも、やはり今のおれには誰のものかわからなかった。
「また……お前は……」
 自分が何を言っているのか、何を言いたいのかもよくわからなかった。口を開けて、息を吸って、目の前の相手――リンクに、獣のように吼えた。
「またお前は、おれを殺すのか……っ!」





「大丈夫?」
 頭の上から、声が聞こえた。長い間ぼくは椅子に座ってぼうっとしていたのだろう。医務室を追い出されてから何をしていたのか、何を考えていたのか、よく思い出せない。
 辺りに甘いチョコの匂いがただよっている。顔を上げると、甘い匂いのするカップを一つ、ぼくに差し出しているマルスが居た。
「駄目じゃないか。リンクの方が死にそうな顔をしていたら」
 ありがとうと呟いてカップを受け取ると、マルスがぼくの正面にある椅子に座った。マルスのカップの中身を見る。ココアではなく紅茶だった。
「気にしているの?」
 マルスの問いに何も答えず、カップに口を付けた。甘いココアが喉を通っていく。
 ーー気にしている。今から大体一時間ほど前の、あのことだろう。
 一時間ほど前に、ぼくはダークと、マルスを立会人に頼んで剣の手合わせをしていた。本気で行こうと言って、今回は練習用の剣ではなく、普段使っている本物の剣を使った。
 結果はぼくの勝ちだった。元々ぼくが押していて、ぼくの足払いが上手く決まってダークが倒れ込み、倒れ込んだ際に剣を離してしまってから、勝負は決まった。
 でも、問題はそこからだ。
 勝負か決まっても、足払いを受けて地面に倒れ込んだまま、ダークは何も喋らず、ぴくりともしなかった。
 ぴくりともしないダークは、ただ呆然とぼくを見つめているだけだった。見つめていると言っても、その赤い目は焦点が合っていなかったから、ただぼくの方を向いていたというだけであって、決してぼくの顔を見ていたというわけではなかった。そんなところだろうか。
 端から見ればぼくらは確かに、「目が合っている」という状況だったと思う。でもダークはこっちを見ているのに、ぼくが見えていない。ぼくという存在を認識できていない。そんな感じがした。
 流石にちょっと様子がおかしい。そう思って声をかけようとぼくが口を開いたその瞬間、ダークはずっと自分に向けられたままだった、抜き身の剣を掴んだ。
 いつも剣を振っていても手を怪我することのないように、剣を振るときぼく達は必ず手甲やグローブをつける。でも、刀身をそのまま掴むことを想定してつけている訳じゃない。当然鋭い刃はグローブの布ごとダークの手を切り、地面にいくつもの赤い斑点を作った。
 手合わせに立ち会っていたマルスが、悲鳴を上げてダークに駆け寄る。これ以上手を傷つけないように、ダークの手を剣から離させようとしていた。
 それに対しダークは離すものかと言わんばかりに、剣を掴む手にさらに力を込めて抵抗した。マルスが更なる悲鳴を上げて、少々手荒いながらも無理矢理剣からダークの手を引き剥がして、そのままマルスはダークの肩を抱いて、医務室に連れていった。
 その間ぼくは、何もできなかった。ずっと剣をダークに向けたままで、やっと剣から手を離したのは、ダークの姿が見えなくなってからだった。その場に残ったのは、赤く広がる血溜まりと、棒のように立ち尽くすぼくだけだった。
 ダークはマルスに手を剣から引き剥がされるその直前に、ぼくに向かって叫んだ。「またおれを殺すのか」と。その言葉が、耳に焼け付いて離れなかった。
 何も言わなくても、ぼくの考えていることがわかるのだろう。マルスは黙りこくっているぼくの代わりに、口を開いて、
「数ヶ月前かな、ダークが怪我をした日のこと、覚えてる?」
「ダークが怪我って……あの時の?」
作品名:銀塊と紅霞 作家名:高条時雨