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銀塊と紅霞

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 この手と服の下にあるものは、ぼくも一応、何度も見たことはある。
 大きく痛々しい古傷。
 言葉通り彼の命を奪った、致命傷。
 ぼくがこの手で刺した傷。
 自分のしでかしたことを見せつけられて、胸がぎゅっと締め付けられるように痛みだした。
 ただ、自分のしでかしたことといっても、別に間違ったことではないはずだ。あの時ダークを殺したのは、間違ったことじゃないはずだって、今でも信じている。
 こうやって目の前の彼を殺したことを、ぼくは正当化するつもりかと聞かれると、多分きっと、そのつもりなんだろう。でも、本当に間違ってなんか居ないはずだ。だってダークを殺して先に進まないと、ハイラルは救えなかったはず。
 ダークは死んだ。ぼくが殺して、そしてぼくの意志で生き返らせた。でも生き返ったことで、ぼくがダークを殺したことが帳消しになるわけじゃない。
 ダークのこの傷が、この手に残っている殺したときの記憶と感覚が、そして彼にも残っているはずの殺されたときの記憶と感覚が、その事実が消えてなくなる日は、永遠に来ないことを証明している。
 ついさっきマルスに教えてもらった、ダークが言っていたらしい、生き物が死ぬ瞬間の感覚を思い出した。ダークが殺されたときの感覚を覚えているように、ぼくだって、ダークを殺したときの感覚を覚えているんだ。
 ――今、自分の目の前にいる人を殺したときの感覚。忘れもしない。忘れられないあの感覚。
 ダークの体に突き立てた剣がまず服と皮を貫き、次に肉とたくさんの血管を貫き、そして内蔵と骨を貫いていった、あの感覚。
 そのままぼくが剣を引き抜けば、霧のように吹き出す血とともに、斜めにダークが地面に倒れ込むあの光景。
 ダークは、自分はぼくの体を模して作られたものだと言っていた。つまり、自分達は思考や性格まで似ることはなかったものの、顔も体の構造も全て同じ。
 同じ状況下で殺されたらどう感じるのかも、きっと同じ。
「痛く、なかった?」
「……痛かった。でも、そのうち痛みも感じなくなっていったから、痛みそのものはあまり覚えていない」
 気遣うということがよくわからないであろうダークは、ぼくを気遣って、嘘を言うようなこともしてくれない。けれど今は正直に言ってくれた方が、かえってありがたかった。
「ダークはさ、殺されたこと……怒ってる?」
「おれは怒らないといけないのか」
「違う、そんなじゃないんだ。ただ、普通は……」
「そうしろってお前が言うのなら、そうしてもいい。でも怒ったらお前はいい気分じゃないだろう? だから怒らないし、お前を不快にさせたくないから、おれは怒りたくない」
「……ごめん」
 ダークの顔を見ていることが出来なくて、視線を床に落として目をそらす。
 そっと、左手にひんやりとした感覚がする。少しだけ視線を上に戻せば、包帯が巻かれていない右手をぼくの手にのばして、ぼくの表情を伺うべく顔をのぞき込んでいるダークと目があった。感情がほとんど現れない赤い目が、じっとこっちを見ている。
「あの時、怖かったんだ」
「怖い……?」
「おれはいつ死んでも別にいい。でも、お前だけは殺されたくない。それと次は、痛い思いをしないで綺麗に死にたい。だからあの時凄く怖くなった。怖くなって、おれはあんなことをしたんだろう」
「綺麗な、死に方」
「変だよな。魔物に死に方を選ぶ権利なんてないのに」
「別に変じゃないよ。こうして居る限り、ダークは人間と何も変わらないんだ。そんなことを考えても、全然変じゃない」
 顔を上げ床に膝をついて、ダークと同じ目線になる。そっと、その包帯が巻かれた左手の上に自分の手を置いて、手と手を重ねた。
「でも、怖いって思うなら、無理して一緒にいなくてもいいんだよ」
「おれにはお前しか居ない」
「ダークを殺したのはぼくなのに?」
「それでもお前しか居ない。お前に殺されるのは怖い。でも、お前が居なくなったら、おれはどうしたらいいのかわからない」
「そっか、ありがとう」
 多分ダークにしてみれば、自分が思ったことを当たり前のように口にしているだけであって、この言葉がぼくにとっての救いの言葉だということに、きっとダークは気付いてない。
 空いている方の手をダークの頬にのばすと、少しの間をおいて、ダークが目を閉じた。
「どうしたの?」
「今なら目を閉じてもいいと、思えるんだ」
「なんで? 目を閉じちゃいけない時なんて……」
「今なら大丈夫だ。おれが目を閉じても、お前はおれを絶対に」



「殺さないから」
作品名:銀塊と紅霞 作家名:高条時雨