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銀塊と紅霞

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 今から数ヶ月前のことだったか。剣の手入れをしていたダークが、右手の指を数本ざっくりと切ってしまったらしい。そういう時はいつもはぼくがすぐに手当てをするのだけれど、その時生憎ぼくはステージで戦っていて、ダークが指を切ったということを知らなかったのだ。
 しかも何を思ったのか(といっても大体ぼくのせいだけど)、ダークは止血も何もせずに屋敷の中を歩き回り中庭に出たという話だ。
 そんなダークをマルスが見つけて、自分の部屋に連れ込んで手当てをしてくれたのだ。
 よく覚えている。どちらかというと手当てをしてくれたことよりも、その後ダークがマルスに失礼なことを言ってしまったことの方が、よく記憶に残っているけれど。
 でも、それがいったい何の関係があるのだろう。ダークが手を怪我したということでは同じことだけど、あの時と今では怪我の度合いが違う。
 マルスはぼくのそんな疑問に気付いているのか、カップから口を離し、にっこりと笑って、
「あの時ダークが話してくれたんだ。自分が死ぬ瞬間のことを、ありありとね。途中でそれに耐えかねたロイが、ダークを遮ってやめさせたんだけど」
「そんなことが……ごめん、ダークが二人を不快にさせて」
「いや、別にいいんだ。僕も自分へのけじめとして、あの話は覚えておきたいしね」
「けじめ?」
「ああ、こっちの話。気にしないで」
 マルスがまた王族らしく上品そうに笑って、紅茶の入ったカップに口を付ける。
「それでまぁ、あまりに淡々と話すものだから、僕はてっきり、ダークは自分が一度死んだことに対する自覚は薄いのか、あるいは始めからそういう自覚が存在しないと思っていた」
「……ぼくも、おんなじこと思ってた」
「やっぱり? 元々の性格の上に、自分の意志ではなく君の意志で生き返った。彼の生への執着は、きっと僕達よりもずっと薄いはず」
「でもダークは、ぼくとの手合わせで負けそうになった時、ぼくの剣を掴んで必死に抵抗をした」
 だから、ぼくらが思っていたことはきっと、間違いだったんだ。
 生への執着が非常に薄い。自分がこのまま生きていても死んだとしてもどうでもよくて、でも自分から命を絶とうとは思わないし、そんなことぼくらが許さないから生きているだけ。――ダークはそういう性格なんだと、勝手に思っていた。
 でもそうじゃなかった。ぼくがもう一度ダークを殺すようなことなんてあり得ないのに、ダークはぼくの剣を掴んで必死に抵抗をした。生への執着が薄いはずのダークが必死に抵抗をしたのだ。生きるために。
 あの時の光景と、ダークがぼくに向けて言ってきたことを思いだす。ぎゅっと胸が苦しくなった。
 胸の苦しさに服をぎゅっと握りしめようと、手を胸元に持っていく途中、ことんという音と、マルスのため息が聞こえた。視界を上げると悲しそうに笑っているマルスと目があって、同時にぼくがいつのまにか俯いていたことに気がついた。
「間違いじゃないと思うんだ」
「でも、ダークは」
「死んでもいいと思っているのは本当だと思う。でもあの時と同じ死に方で死にたいとは、思っていないんじゃないかな。だから、あんなことをしたんじゃないかな」
「同じ、死に方」
 あの時と同じようにぼくに剣で刺されて、死ぬという方法。言われてみれば確かにそう思っていそうだし、実際ぼく自身、もう一度殺すような真似は絶対にしたくない。
 喉から苦いものがこみ上げてくるような気がして、もう一度ココアに口を付ける。少しだけ飲んで、まだ半分ほど中身の残ったカップを、テーブルの上に置いた。
 マルスは、何故かカップをその手に持ったまま、そっと目を伏せて、
「……『今でも覚えている』」
「へ?」
「『肺は焼けるように熱いのに、体はとても寒くて、全身を巡る血が妙に暖かく感じられた。刺されたところから止め処なく流れ出た血が肌に触れて、それが凄く暖かかったのもよく覚えている。酷く寒くて、酷く眠い――』」
「……ちょ、ちょっと待って! マルス!」
 マルスの言葉を遮ろうと、あわてて椅子からがたんと大きな音を辺りに響かせ立ち上がる。その際に体をテーブルにぶつけてしまったせいで、カップの中身が大きく揺れた。
 マルスに言われなくてもわかった。
 きっとそれはマルスとロイが言われたという、ダークが死ぬ瞬間のことだ。
 ぼくはダークに死ぬ直前のことを聞いたことがないので、ぼくに刺されて、それから命が尽きるその瞬間まで、ダークが一体を感じていたのかというのは、ここで初めて聞いたことになる。
「彼も、こんな苦しみをもう一度味わうのはごめんだろうね。それに前とは違い彼を殺した人は今、彼の一番近くにいる。一番近くで、一番自分を気にかけていてくれる」
 彼を殺した人、ぼかした言い方でもすぐにわかる。だってそれはぼくのことだから。
「でもダークはあんなことをしたんだ。もう一度殺してくるって、きっと思われてる」
「それは実際に彼に聞いてみればいいよ。あくまでもそれはリンクの想像なんだ。彼がどう思っているかなんて彼にしかわからない。君達がたとえ、共鏡のような関係であってもね」
「わかった……聞いてくるよ。医務室に行けるようになったら」
「……そうだ、言い忘れたことがある。というより、これを言うために僕はここに来たのだけど……まぁ、いいや」
「言い忘れたことって?」
「ダークの手当てが終わったから、もう来ても大丈夫だって、ドクターマリオからの伝言」
「そ、そんなこと一番最初に言ってくれれば……!」
 こっちがわたわたとしている一方で、マルスはとても涼しい顔で微笑んでいた。
「変なことを考えてないか知りたかったんだ。……そうだ、ダークに言い忘れてたことがあるんだ」

「包帯を取り替えるくらいなら出来るから、また来てほしいって」



 ノックを二回して医務室の扉を開けると、すぐにベッドの淵に腰掛けていたダークと目があった。でも、なんとなく後ろめたい気持ちがあったので、目をそらしてしまった。
「大丈夫?」
「ああ。……でもしばらく、左手は使えないだろうって言われた」
「そりゃそうだよ……だって」
 だって、あんなことをするから。そう言いかけて、ダークにそうさせた原因がぼく自身にあったことを思いだし、口をつぐんでしまった。
 ダークの左手に目をやる。ぐるぐると包帯が巻かれていた。痛々しいあの光景を思い出して、胸が痛む。
 素手で掴んでいないだけ多少はましではあるものの、それでもかなり深く切ってしまったらしい。以前、右手の指を切ってしまったときとは、わけが違う。
 次に顔に目をやった。それなりの量の血を流していたせいだろう、元々血色の悪い肌がかなり悪くなっていた。
「すまない」
「どうしてダークが謝るのさ」
「少し前にマルスがここに来た。マルスにお前が凄く心配していたから、後で謝るといいって言われた。だから謝った」
「いいよそんなの。ぼくのことなんて気にしないで」
 ぽん、と服の上から、ダークから見て鳩尾から左のあたりに、手を置いてみた。
「ここだっけ? その、あの時さ……ぼくが……」
「ああ、そこだ。そこがあの時お前が刺した場所だ」
 ……喉の奥が熱くて、ごくりと唾を飲み込む。
作品名:銀塊と紅霞 作家名:高条時雨