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 それから取っ組み合いの喧嘩が始まったとはいわないが、互いの胸板を憎しみこめて小突き合う程度のパフォーマンスはあったし、口先だけなら最新型マシンガンも顔負けの議論が展開されていた。誰も彼もが断固飛び込みを拒否し、他の肉体の美点を見いだしてはその責務を押しつけたがった。己に向けられる賞賛をことごとく否定し、返す刀で自らを貶めながら、永遠とも一瞬とも思われる時間が過ぎた。四人の吐き出す白い息が力なく乱れ、結局、一番初めにプッツンしたのはエディだった。あるいは喧噪の中で一番目立ったのは彼の声だった。
「もういい!」
 エディのうわずった声は月まで届くかと思われた。まあ月までは届かなくとも、トムとベーコンとソープの耳には届いた。
「お前らはこんなくそったれた橋の上で夜を明かしたいのか? 朝までパーティーするならしかるべき場所があるんじゃないのか? 違うか? 俺はそう思うし、間抜けなお前らだって考えてるはずだ、そろそろ建設的な意見が出てきていい頃合いだと」
「賛同するよ」三人ともが口を揃えて頷いた。「ならまずはお前の建設的意見とやらを教えてくれ」
 どうせ何もないだろうとの皆の案に相違し、エディは堂々と胸を張った。
「思うに問題は不公平感にある。冬のドブ河へ飛び込む勇者がいる一方、他の三人はといえば橋の上からぬくぬくと見守ってるだなんて甚だしく不公平だ。アンバランスだ。そんな奉仕精神に溢れた奴が俺らの中にいるとは思えない。だからこれを解消するために、飛び込んだ奴が一丁を、他の三人がもう一丁を山分けするってのは――」しばし黙考によって言葉が途切れた後、「――俺が行こう」
 素早い決断であり、行動もまた素早かった。つかつかと欄干に突き進んでいざ乗り越えんとするドン・キホーテのコートを、三人はがっしと掴んで路上に引きずり落とした。何をするとエディはもがいたが、誰かの革靴によって地上に留め置かれていたせいで、立ち上がることは叶わなかった。
「俺が行こう」とソープが言った。「毎日スープを煮込んでいるおかげで水の中に沈んでいるものを一目で見分けられるようになってるんだ。銃くらいなら容易く見つけてこれるさ」
「俺が行こう」とベーコンが言った。「こういうのはプロに任せるのが一番だ。この場合は飛び込みの選手という経歴の持ち主、俺に他ならない」
「俺が行こう」もちろんトムも言った。「お前たちが賢明にも指摘した通り、あれを投げ捨てたのは俺なんだ。回収の勤めも喜んで請け負ってやる」
「いや俺が行くんだ」エディは標本状態からの復活を果たしたらしかった。「お前ら全員下がってろ。言いだしっぺの法則というものを知らないのか」
 俺が俺がとにわかに自主性を発揮しだした四人の間に勃発したのは取っ組み合いの喧嘩であった。しかし長くは続かなかった。飛び込もうとする誰かを止めながら自分が飛び込もうとする人間で構成された集団は、必然的に一つのベクトルへ収斂していくものなのだ。
「俺が! ――あ?」
 ぐらりと重心が傾き、何人かの足が浮いた。残りの何人かの上半身は明らかに橋の外に飛び出ていた。危ない、俺だけでも離脱せねばと気付いたときには遅かった。トムはベーコンとソープを掴んでいた。ベーコンはソープとエディを掴んでいた。ソープはエディとトムを掴んでおり、エディはトムとベーコンを掴んでいた。彼らは見事に一心同体で、分かちがたく結ばれていた。トムは先日開封したチョコレートの大袋を思い起こした。丸一年倉庫の隅に放置した後発掘されたその中身――個包装ではなかった――は、巨大一つの塊と化していたのである。つまりはそういうことで、一人だけ、というのは不可能であった。
 ――ジーザスクライスト。
 四人は仲良く冬の河に落ちた。
作品名:エンドロールの後 作家名:マリ