エンドロールの後
「――ちょっと待てよ」
トムは目を輝かせた。あるいはぎらつかせた、といった方が適当かもしれない。とにかく気付いたのだ。
「あれを捨てろと指示したのはお前らだ。俺は渋ったし、話し合おうとした。あんなものが証拠になるわけないと主張していたんだ。なのに断固として譲らなかったのはお前らだろうが。俺には塵ほどの責任もない」
これを受けたエディとベーコンとソープは揃って口を開いたが、アーとかウーとかを別にすれば、そこから意味のある音は発せられなかった。完全に優位に立ったと確信したトムはさらなる追撃を浴びせようと、「大体お前らは」と続けた。大体お前らは、俺があの銃を持っていったときに散々貶したじゃないか。しかしエディの鋭い「シャラップ」がそれを阻んだ。
「用心するあまり俺たちが早まったのは認めよう」とエディは殊勝にも譲歩の姿勢を見せた。「しかしあの状況においては誰だってああ判断するしかなかった。大英帝国の礎を築いたクイーンエリザベスだって捨てろと命じただろうな。疑問の余地はない。これが最善策だと思ったら、提案するしかないんだ。まともな人間ならな。分かるだろ?」
「そりゃ分からなくはないが、その後よってたかって俺一人を責める行為はまともな人間として」
「分かるんだな?」
「だからあの時点の最善策だったというのは理解するが」
「じゃあ飛び込め」
「――は?」
「耳が聞こえないふうを装ってとぼけるのはよせよトム。俺たちはお前の猿みたいな耳がちょっと帽子の下に入ったからって、そのたぐいまれなる能力を失うはずはないと知っているんだ。さあ」
エディは親指を立てて河に向けた。そこの角に新しいベーカリーができたんだ今から行ってみないか、と誘いかけるかのような気軽な仕草だった。残念ながら彼の指す方向にはベーカリーもパティスリーも見あたらず、あるのは黒々とした以下略の河面のみであった。
「飛び込め」
「……エディ」
「さっさと潜水して川底を浚ってこい。まだ流されちゃいないだろうよ」
「お前、自分が何を言ってるか分かってるのか?」
「もちろん分かっている。俺は完全に素面だ。ビールの一杯すら飲んでいないんだぞ、そんな状態でどうやって酔っぱらえるっていうんだ?」
「酔っぱらってないとしたら狂ってるぞ」
「俺は一分の疑いもなく正気だ」
「クリスマス目前の凍てつく河に飛び込めと親友に命令しておきながら正気だって? おい何とか言ってやってくれよお前ら」
深い共感を得られるはずだと信じて他の二人に話を振ったものの、その期待はあっけなく裏切られた。彼らはそりゃ素晴らしい名案だなと賞賛するみたいにエディの背中を叩き、トムの両肩を叩いた。不可思議だった。長年の友人をコールタールみたいな濁水の中にダイブさせようだなんてバカげたアイディアを産出する思考回路を持ち合わせていなかったからだ。ははん、とトムは冷ややかに頷いた。
「俺が友人だと思っていた奴らは悪魔の一個連隊だったってたわけだ。ははん」
「何とでも言え」ソープはあっさり認めた。「六十万ポンドの前にはどんな犠牲も正当化されうるんだ、それが例え長年の友人でもな」
「なら自ら犠牲になったらどうだ? 墓は用意してやるから」
「遺憾ながら泳ぎは不得意なんだ」
「俺だって苦手だ!」
「アーメン」
「ソープ、勝手に祈りを捧げるんじゃない」
「アーメン」
「復唱はやめろ、ベーコン。俺は飛び込まないし天に召されたりもしない。靴の中に雨が染みてくるだけで発狂しそうになるんだぞ、そんな人間がトライしたところで何になる――っておい。そういやお前、学生時代飛び込みの選手だったって自慢してなかったか? メダルを取ったとかって?」
急に水を向けられた元飛び込み選手は、青ざめて憤慨した。
「バカ言うなよ」
「現実的な修正案だ」
「完璧にクソだ」ベーコンはこれだから素人は、とでもいうように首を振り、「ファッキンカレッジを卒業してから何年経ったと思ってる? 過去の栄光をほじくり出すのはやめろ。ああいうのは日々のトレーニングが物を言うんだ。たゆまぬ努力と忍耐だ。今の俺は生まれたての赤ん坊にも敗北するかもしれない、あいつらは少し前まで羊水の海を泳いでたんだからな」
「お前は正真正銘の役立たずだな」
「好きなように呼ぶがいいさ。俺は飛び込まない」
「釣り糸を垂らしてみるのはどうだ」旗色の悪さをものともせずトムは食い下がった。「コミックなんかでは大抵魚以外のガラクタが引っかかるもんだぞ。廃業したレストランの看板とか底の抜けた長靴とかエトセトラだ。銃が引っかからないなんてどうして断言できる?」
「それがジョークならば過去最低に笑えないな」