共犯者はじめました。
首を傾げながら少年が内ポケットから革の袋を取り出すと、ギルベルトはすばやくそれを引っ手繰った。
「決まってんだろ、戻しに行くんだよ」
「え!折角盗って来たのに!」
「うるせェ、どうせ大した理由もなく盗ってるくせにぎゃあぎゃあ言うな。つか、もうやんなっつっただろ」
「理由あります!学校で美術品のスケッチ課題が出たんです、だからその見本に…」
「ンなもん写真で代用しろ、ボケ!」
ギルベルトは抱きかかえたままの少年の頭部を叩き、そうしてからグレートコート中央の螺旋階段へと向かった。少年は痛い痛いと喚きながらも、どこか嬉しそうにギルベルトの首に抱きついている。
フランシスは二人を追いかけようとして結局止めた。通報も、既にする気は無かった。
(なになに、なかなか甘いんじゃないの、ギルベルト)
怪盗ベビーフェイスの正体をばらせば、一躍時の人にもなれるだろうに。
ギルベルトがそれをしない理由は明確にはわからないが、例えば自分が想像するような理由であればいいとフランシスは思った。
二人は白い石造りの階段を上ろうとしていた。フランシスはその様子を確認し、戻ろうと柱の影で踵を返しかけた。ギルベルトの首に懐いていた少年が顔を上げたのは、ちょうどその時だった。
目が合ったような気がした。フランシスはぎくりと身を固くした。ギルベルトはフランシスに背を向けたまま、淡々と階段を上っている。男の肩越しに顔を上げた少年の表情は、既に距離が離れすぎて窺えない。しかし、その動作は遠目にも見えた。立てた人差し指をゆっくりと唇に押し当てる、その仕草は……。
フランシスは、足音を立てぬよう注意しながらもメインフロアの出入り口へとすばやく身を翻した。
次の日の早朝、フランシスはここ二ヶ月の間にあった多くの朝と同じように隣室の扉を誰かがノックする音で目を覚ました。ギルベルトはいまだ寝ているのかあえて無視をしているのか、ノックは続けど一向に止まない。フランシスは寝起きのままの姿で玄関へと赴き、そっと細く扉を押し開けて顔を覗かせた。果たして、この二ヶ月でやや見慣れた情景のままに、小柄な少年が扉を何度もノックしていた。フランシスが開けた扉の音に気付いたのか、少年が叩く手を止めてこちらを振り向く。目が合った。
とっさに何を言えばいいのかわからず、フランシスは緊張に身を固くした。少年はただじっとフランシスを見つめ、それはあたかも昨夜最後のあの瞬間と似たような沈黙だった。ふっと少年が悪戯っぽく笑い、一本立てた人差し指をそっと自分の唇に押し当てる。そうして、昨夜は聞こえなかった台詞を口にした。
「秘密にしててくださいね?」
フランシスは声を上げずに笑った。何故だか楽しい気分だった。これからも寝不足はきっと続くだろう。しかし、それもあまり気にならなかった。
フランシス・ボヌフォアはこの瞬間、少なくとも彼の意識下において二人の共犯者となったのだった。
作品名:共犯者はじめました。 作家名:あめゆき