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共犯者はじめました。

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 タクシーが滑るように大英博物館前に停車する。ライトアップされた石造りの神殿のような建物へ続く門はきちりと閉じられ、当然ながら警官隊が警備をしていた。その警備を取り巻くように野次馬がざわざわとさざめいている。門の奥は流石に見えない。門の手前で警官と罵り合うように交渉しているのは、おそらくタブロイドの記者だろう。野次馬達は口々に噂話を囁き合いながら、ベビーフェイスの出現を今か今かと待っていた。今夜はどこから現れるのか、どうやってこの警備を潜り抜けるのか。警備隊の隙を突いて博物館の敷地内部に入り込もうとする者もいる。
 フランシスはタクシーの運転手と分かれると、急いでそれら野次馬の間を掻き分けて門へと近づいた。約束の刻限が近づいて緊張感の増した警備員が、すばやく警棒でフランシスの行く手を塞ぐ。
「現在、大英博物館は封鎖されています、お下がりください」
「ああ、いや、ごめんね、邪魔をするつもりは無いんだ」
 フランシスは両手を軽く上に上げて、警備員への服従を表した。警備員の肩越しに門の中を窺えば、制服を着た警備員、警官、私服の刑事らしき人物、上手く入り込んだらしい報道局員等様々な人間がぴりぴりとした空気を纏って忙しなく歩き回っているのが見えた。ギルベルトの姿は無かった。
「ただ、友人が今日ここに来ているらしいんだけど、彼の家族から伝言を頼まれてるんだ。携帯が繋がらないって話でさ、プライベートな用件だから詳しくは話せないんだけど、その、娘さんのことで…」
 とっさについた嘘にしては上出来だとフランシスは自分で思った。警備員は僅かに眉を潜めたが、問答無用で追い返す気はなくなったらしく、警棒の先を下に下ろした。あるいは、この警備員にも娘がいるのかもしれない。
「その友人の所属部署と名前は?緊急の用件なら呼び出してやってもいい」
「ありがと。名前は…」
 その瞬間、時計塔の鐘の音と共に博物館の灯りと言う灯りが一斉に消え去った。
 0時になったのだ。
 鐘の音を掻き消すような野次馬の歓声が沸きあがり、警備員や警官たちの指示の声や怒声を含め辺りは一気に興奮に包まれた。フランシスの前の警備員も、突然の事態にうろたえ辺りをしきりに見回している。フランシスはその隙に警備員の脇をすり抜けた。
 何人もの制服警官がフランシスの周囲を足早に駆けて行ったが、その誰一人としてフランシスに注意を向けなかった。点灯された警備車両のハイビームが上空や博物館の外壁をさ迷い、そのコントラストで辺りはより影を濃くしている。
「いたぞ、ベビーフェイスだ!」
 それが誰の声だったのか、その場にいる全員が把握していなかったに違いない。フランシスもまた、どこからか聞こえてきたその声に誘われるように顔を上げ辺りを見回した。誰からとも無く沸き起こったざわめきは群衆の間を駆け抜け、やがて全員の視点が一点に集まる。ハイビームが博物館の屋根の上へと収束する。果たして、そこに黒い影があった。
 遠すぎる距離は、眩いハイビームをもってしてもその顔を明らかにすることが出来ない。時代錯誤な風に翻る外套を纏ったその人影は、その場の注目を一身に浴びて軽やかに地面を蹴った。
 跳躍、緩やかな放物線を夜空に描き、そして落下。群衆の中から悲鳴が上がる。しかし、その悲鳴をこそ楽しむかのように、落ちかけた怪盗の身体は円弧を描いて夜空を滑った。まるで空中ブランコでもしているように警察、野次馬双方の頭上を滑りぬけ、博物館に隣接する大学の屋上へと降り立つ。
「追え!」
 警官の怒号が響く。操られるように、その場で棒立ちになっていた制服の男達が駆け出した。観客の喝采が一際大きく響き渡る。
 その場にいる全ての人が、空を渡った人影を追っていこうとしていた。フランシスもまた、その流れに流されていた筈だった。たった一人、動かない彼を見つけなければ。
「……いた!」
 彼―ギルベルトは人の波に紛れるようにしながら、しかし決して波に乗らずにそこにいた。それどころか、波に漂うように揺らぎながら徐々に逆方向へと移動している。
 フランシスは一度ベビーフェイスと思われる人影が消えていった方角を見やり、しかし進む方向を反転させた。
 誰も、博物館内部へ向けて走る二人に気付かなかった。
 いまだ照明の復旧しない館内は暗く、誰一人いなくなった空間は静かで空気は冷えていた。
 床に高く靴音を反響させ、ギルベルトはメインフロアの中央グレートコートのど真ん中に立ち止まった。後を追ってきていたフランシスは、慌てて柱の影に身を隠した。距離はおよそ2、3メートル。
 僅かに曇った息を吐き出しながら、ギルベルトがゆっくりと周囲を見回す。フランシスは内心冷や汗を掻きながら息をじっと潜めた。
 一体、彼はこんな所でなにをしようというのだろう。
 フランシスには漠然とした予想があったが、それは確信ではなかった。ギルベルトがふと上方を見上げた。吹き抜けになったグレートコートの天井は高く、その間にロフトのようになった二階部分がある。その二階から、それはふわりと軽く舞い降りた。
「来てくれたんですね、ギルベルトさーんッ」
 外套の裾を広げ、飛び立ったそれは一直線にギルベルトへ向かって落ちた。小柄な体が軽いのか、それとも何か衝撃を和らげる仕掛けでもしてあるのか、予想以上に軽い音でその影はギルベルトの腕の中に収まった。シルクハットに裾の長い外套という、いまどきありえないほどのスタンダードな怪盗衣装を纏ったその人物は、嬉しそうに抱きついたギルベルトの首に頬を摺り寄せる。
 その仕草、その体格、その声、どれもがフランシスにある人物を思い起こさせた。二ヶ月前に現れた、あの少年にそっくりだった。
「来てくれたんですね、じゃねェ!お前、わざわざ予告状に俺の名前書きやがっただろ、仲間だと疑われたらどーしてくれんだ」
「だって!そーでもしないとギルベルトさん来てくれないじゃないですか」
「呼び出さなくてもテメェのほうから来てるくせに何いってんだ」
「そーじゃなくて、私を追っかけに来て欲しいんです!ほら、愛するより愛されたい時もあr…いひゃい、いひゃいです!!」
「お前はいちいちキモいンだよ!」
 小柄な身体を軽々と片腕で抱き上げながら、ギルベルトは怪盗の頬を抓り上げた。逃げようとする怪盗の頭からずるりとシルクハットがずれ落ち、そこに現れた顔は紛れもなくあの少年のものだった。
「…あ!」
 思わず、フランシスは小さな声を上げた。まさかとは思っていたが、こうして目の辺りにすればもはや疑いようが無かった。
 怪盗ベビーフェイスとはすなわちかの少年であり、ベビーフェイスが出会った探偵とはギルベルトのことなのだ。
 先ほど外に跳んで行った怪盗は、おそらく陽動用の偽者なのだろう。
 フランシスは迷った。この事実をどう扱うべきか決めかねたのだ。ごく当たり前に考えるならば、ベビーフェイスは犯罪者であり通報すべきだと思われた。しかし、それはくるくると楽しそうに人懐こい笑みを浮かべる少年を、冷たい監獄に送り込む事になるのである。
「おい、キク、盗って来た金貨出せ」
 ギルベルトが言った。フランシスは柱の影から顔を覗かせて、その様子を窺う。
「何するんですか?」
作品名:共犯者はじめました。 作家名:あめゆき