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「たとえその名は呼べずとも」

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咄嗟に体が動いていた。
 三成の位置からではあれは見えぬ。声をかけても間に合わぬ。ならばこうするより他にない。そう考えたのだ。
 獰猛な唸りを上げて飛来する矢と友の命との間に、大谷は躊躇せず割り込んだ。
 直後、腿にどん、と来た。あの細い矢にこれほどの衝撃があろうとは。生まれて初めて受けた矢傷を、後に大谷はそう語った。
 しかし意外にも痛みは少ない。これならば手当てせずともまだ動けよう。瞬時にそう判断して、大谷は槍を構え直した。この頃の大谷はまだ、馬を駆り槍を振るう平凡な武者である。
「吉継!」
 三成もすぐに、自分が友に庇われたことに気付いた。青い顔で大谷の元に駆け寄ってくる。元より白い顔から血の気が引いたせいで紙のようだ。
「吉継、無事か!!」
「なんの浅手よ。それより、まだまだ来るぞ」
 うろたえる三成を制し、大谷は先程の矢が飛んで来た方向を指差した。見れば新しい矢をつがえる敵兵達の姿がある。見るからに名のありそうな若武者に手傷を負わせたことで、大いに勢いに乗ったのだろう。数を頼りに飛び道具で攻め立て、こちらを一気に仕留めるつもりだ。
「あんな物騒なものを虻蚊のように飛ばすつもりよ。おお、怖い怖い」
「……行けるか、吉継」
 ちき、と三成の刀の鍔が鳴った。見たところ、敵方にそれほどの技量はない。どこで寄せ集めた田舎侍か、弓の扱いも上手くなかった。一気に間合いを詰めて斬り込んでしまえば、半数の者は弓を下ろすことも出来ぬまま死ぬだろう。
 だがそのためには、引き絞られた弓から放たれる初撃を全て避け、あるいは弾き落とさねばならぬ。たった二人でそれが可能か。それが可能な矢の数か。
 並の者であれば否、と見る。しかも大谷は先程の矢で手負いだ。打って行くどころか退くべき場面と考えるのが普通だろう。いや、退いたところで逃げ延びられるかどうか。
 しかし、大谷は薄笑いで応えた。
「行けぬと思っておらねば軽口など叩かぬ。いっそ念仏でも唱えておるわ」
「そうだな吉継」
 三成も合わせて笑った。
「私とお前に倒せぬ相手など、秀吉様と半兵衛様以外にあるものか!」
 その笑い声に招かれたように、数十本の矢が一斉に放たれる。
 三成はそれを避けなかった。地を割る程の勢いで踏み込み、宙に跳ぶ。
 これでは矢など避けられぬ。知らぬものが見たら、なんという愚行かと思っただろう。
 だが愚行への嘲笑は、一瞬もせぬうちに驚愕へと変わった。一直線に若武者二人の体を刺し貫くはずの矢が、全て空中で止まったのだ。
 三成の一刀が抜き放たれ、飛来する矢を全て斬り止めたのだと理解できた者が何人いただろうか。ほとんどの者は、三成が抜き放った刀身すら見えなかったに違いない。
 唖然としたところに、大谷が突っ込んだ。
 三成の神速とまでは行かないが、これもまた素早い槍捌きであった。一番前に立っていた男は、一息に腹を貫かれた。粗末とは言え具足越しにも関わらず、大谷の槍は豆腐に箸でも立てるようにそれを貫き通す。
 次の者は首だった。その次の者は眼窩を貫かれた。決して剛力ではないのだが、木の節を避けるようにすいすいと人の急所を突き倒していく。
 そこに三成が加わって、目に付くものを無造作に斬り倒し始めたのだから堪らない。
「ひ、ひいいいいい!」
「鬼、鬼が出た!」
「豊臣のバケモノが来たぞ!!」
 恐慌の波が一軍を飲み込むまで、さしたる時間はかからなかった。こうなってはもう、手勢の多さなど何の役にも立ちはしない。勝敗は明らかだ。
 そもそも相手が悪かった。若くして秀吉の目に留まり、それぞれ治部少輔、刑部少輔に叙されるほどの二人である。人数が多いばかりが取り柄の烏合の衆が敵うはずもない。
 四半刻も過ぎぬうちに、戦場は敵兵の屍で埋め尽くされた。
「ふん」
 血脂に濡れた刀を拭って鞘に納めながら、三成が不満げな息を吐く。
「この程度の力で秀吉様に盾突くなどと……身の程知らずが」
 これだけの人数を斬り捨てておいて、反撃を受けるどころか呼吸ひとつ乱していない。ただ返り血だけが点々と白い肌と鎧に散っていた。
 ところが、大谷はそうではなかった。三成がふと気付けば、かくんと膝をついている。
 おかしい、と思った。大谷はこの程度の戦で疲弊するような男ではない。いつもなら三成の隣で、そうよな歯応えのないと笑っているぐらいなのだ。なのに膝をついたまま動けないようで、背を大きく揺らしている。呼吸が荒いのだ。見るからに苦しげである。
「おい、どうした吉継」
 そう言って掴んだ手がひどく冷たかった。肌の色も三成より白い。
「吉継!?」
 慌てて助け起こそうとした手がぬるりと滑る。嫌な予感を感じて開いた掌は真っ赤に染まっていた。
 腿からだ。先刻、三成を庇って受けた矢傷から、どくどくと血が溢れ出している。
「何が浅手だ!!」
 傷口に晒布を押し当てても、赤く染まるばかりでまるで止まる気配がない。おそらく矢を抜きもしないまま動き回るうちに、血の管を深く傷付けたのだろう。
「痛まぬゆえ、浅い傷と思っていたのだがな……」
「これが痛まんだと!? そんな馬鹿な!!」
「ぬしに嘘など言わぬ……痛みは軽い……大した傷ではなかろうよ」
 だが、言葉に反して大谷の体は見る間に力と熱とを失っていく。流れ出す血と比例するかのように、意識も遠くなっているようだった。
「気に病むな……少し休めば治る……少し……」
 それが最後だった。ずる、と体が崩れる。気を失って、それきりぴくりとも動かない。「吉継! 吉継……吉継ッ!?」
 三成がいくら名を呼んでも、揺り動かしても瞼すら動かさない。
 まさか、このまま死ぬのだろうか。悪い予感が三成の心臓を凍らせる。
 やめてくれ吉継。一緒に秀吉様と竹中様を支え、この国を統一する為に歩もうと誓ったではないか。唯一無二の友として、黄泉路にさえも共にゆこう言ったではないか。なのにお前はこれきりか。これきりいってしまうのか。嫌だ、私を置いていくな。一人にするな。頼む。まだいくな。頼む吉継――
「逝くな紀之介ええええええええ!!」
 その絶叫を耳にした半兵衛が駆けつけなければ、大谷は本当に、それきり目を覚まさなかったかもしれない。
 それが一ヶ月前のことであった。