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時奪

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絶賛五月病に陥った俺は黄金週間で惰眠を貪った。学校で神経を張る事も以前ほどでは無くなり、気の抜けた四月末。相変わらず喧嘩を売られる事もあったが、最近じゃ面倒臭くなった俺が要領よく逃げ回るので拳を振う事が少なくなった。実に良い事だ。
気だるげに起き上がり、寝癖のついた痛んだ金髪を撫でつける。家に自分一人の気配しかなくて首を傾げるが、そういえば臨也も波江も仕事で外出するんだと思い出す。寝間着のままリビングに出ると、ラップをした朝食が並んでいた。
顔を洗ってから孤独な食卓に着く。二人の職業柄特別珍しい事ではなくて何の気なしにテレビをつける。遅いニュース番組に眼を通しながら黙々とベーコンエッグに箸を付けていると、インターホンが鳴った。

「……?」

臨也が不在時にチャイムが鳴るのは珍しい。取り巻きは大体先に連絡を入れてくるし、得意先も同様だ。たくあんを頬張りながら面倒ながら腰を上げた。
画面の前には瓜二つな顔が、片方はにっこりと、片方は暗く覗きこんでいた。

「……誰だ?」
『こーんにーちはー! その声静雄さん? 静雄さんだよね!? 久しぶり、覚えてる!?』

眼鏡の少女の声が甲高く耳を劈く。思わず顔を顰めるが「久しぶり」という単語に記憶を馳せる。
臨也にそっくりな赤い瞳。あ、と言葉を漏らすと少女が嬉しそうな声を上げる。

『マイルだよー!! 折原舞流! イザ兄の妹の!!』
「ああ……思い出した。どうした、臨也は居ないぞ」
『えー!! 今日遊びに行くって連絡したのに!! なにか聞いてなーい?』
「いや、特には」

昨夜の様子を脳裏に浮かべてもそれらしい事は言っていなかった。だが思考をすぐに中断して俺は懐かしい顔に想いを馳せる。臨也の歳の離れた実妹、折原九瑠璃と折原舞流。最後に会ったのは彼女らが小学生の時だったか。初対面の時はいきなり臨也に抱きつきながら蹴りを入れていた二人にぎょっとして部屋に隅に隠れた。臨也から話を聞いていたのか、俺を探し出した二人に色々遊ばれたのだが、特別不快感は湧かなかった。多分幼いゆえに、臨也と似た顔に安心感を覚えたんだろう。とはいえ臨也の女バージョンみたいな存在だから、昔はやや苦手意識を持っていたんだが。

「上がるか?」
『良いのー!? 嬉しい! 外暑いからクーラー当たりたいんだよね!』
『身(からだ)……否(ひやすのだめ)……』

昔より更に根暗に磨きがかかった双子の姉がぼそりと言う。すぐ傍にあった温度調整のパネルを操作して冷房をやや緩める。外に出ない所為で気温が判らないが、此処は常に20度前後の快適さを保っている。

「ほら、ロック外したから」
『ありがとー!』
『……礼(ありがとうございます)……』

舞流はすぐさまエレベーターの方に駆け出し、九瑠璃はぺこりと頭を下げてから画面から消える。身内の妹だからって寝間着は失礼か、と変に律儀な俺は二人が上がってくる数分間で急いで着替える。中学生だから珈琲は飲めないだろうからココアを用意する。氷を入れてうっすら水滴の膜を張るそれをリビングに持っていくと玄関が開いた。

「お邪魔しまーす!」
「入(おじゃまします)……」
「はいはい」

兄の自宅ゆえに迷う事もなくリビングまで辿りついた二人を眺める。随分と背が伸びて女らしくなった。目元がますます臨也に似ている。10近く歳が離れているのに此処まで兄妹とは似るものなのだろうか。同じ事を考えたらしい舞流が俺を指差した。

「静雄さん、すっごく背伸びたね! しかも超イケメンになってる!」
「そうか? てか、褒めてもココアしか出さんぞ」
「お茶は出してくれるんだね! 優しい!」
「未(あさごはんのとちゅう)……? 赦(ごめんなさい)……」

そそくさと椅子に座る舞流と違い、食卓に並んだ料理を見て九瑠璃がまた頭を下げる。別に良いよと告げ、座るよう促す。アイスココアを啜る二人を眺めながら俺は冷めたパンを頬張る。それにしても約束はたがわない臨也が、妹という存在感の強い二人の来訪を忘れるだろうか? 仮に仕事で在宅が不可能になったのならその旨を俺に伝えるはず。

「お前ら、まさか臨也に連絡してねーのか?」
「したよ? あ、でも『来るな、ふざけんな』って言われたから冗談だと思われたかも」
「なんだそりゃ」

笑いながら牛乳で押し込む。基本的に臨也に近付く他人については俺は警戒心が強い。新羅やセルティも同様だったが、俺と歳が近く何より俺を慕う二人に対しては好意を持っていた。俺の妹みたいなものだし。昔、「イザ兄より静雄さんの方が好きだよ!」とまで言われた時は正直嬉しかった。とはいえその時は肉親も大事にしろと嗜めたんだが。
テレビに眼を向けると、ゴールデンウィークの特集が行われていた。人ごみが苦手な俺は大型連休で家族連れが多い街中を歩くのは嫌で、遠出もした事が無い。臨也と一緒なら旅行も良いけどなあなんて考えていると、舞流は急に鞄を漁り包装された袋を取りだした。

「なんだそれ?」
「え? 静雄さん、明日なんの日か知らないの?」
「明日?」

頭の中で今日の日付を確認する。連休だと曜日感覚が狂うので携帯で目視確認する。

作品名:時奪 作家名:青永秋