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ありえねぇ !! 3話目 後編

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ありえねぇ!! 三話目 後編



幽が「ただいまぁ」と、声をかけながら自宅の扉を潜ると、独尊丸と一緒に、ミカドがひたひたと駆け寄ってきた。

だが自分の背後に連れている、みかん箱と同じ大きな二型サイズのダンボールを抱え、汗だくになっている配達サービスのお兄さん五人を見つけると、あわあわ驚き、直ぐにひたたたたた…と、廊下を逆走していってしまう。

(やっぱりチワワみたいで可愛い)

足元に纏わりつく独尊丸を腕に抱き上げ、仔猫の喉を指で擽りつつ、配達員五人をキッチンまで案内すると、甘くいい香りが漂ってくる。
ミカドは今日も、残り少ないあり合わせの材料をかき集め、何か作ろうと頑張ってくれたらしい。


テーブルの上には、素朴なシナモンシュガードーナッツ、ココアボールドーナツ、ボックス形クッキーが彩りよく大皿に重ねられていた。
また色々な野菜の切れ端とベーコンにコーン、そしてチーズが乗った平たく大きなピザ生地が、オーブンレンジの順番待ちか、後は焼くだけの状態で待機している。


「冷蔵庫の横に適当に置いてください。皆さんどうもご苦労様でした」


お茶すら出さず、労(ねぎら)ってぺこりと一礼すれば、配達員もプロだから渋い顔を見せず、あっさりと帰っていく。
16階まで運んで貰ったのに、随分とそっけない対応だろうが、俳優『羽島幽平』が、日常全く感情を出さないのは、週刊誌等マスコミが盛大に流してくれたおかげで、周知の事実だ。

それに首の無いミカド幽霊が、他人に見つからないようドキドキしながら、おずおずと扉の影から、こっちを伺ってきているし。

「おいでミカド。彼らは帰ったよ」

こいこいっと手招きすると、嬉しげにひたひたと軽い足取りですっ飛んでくる。
彼は予め用意していたのだろう、自分にメモ用紙を突きつけてきた。

『幽さんおかえりなさい、お疲れ様です』
『それは何処に片付けたらいいですか?』

こっくり小首を傾げる健気で働き者の彼の頭を、ぽしぽしと撫でてあげられればよかったのだが、残念ながら首から上がない。
黒い手袋を嵌めたまま、ぽんぽんと彼の肩を撫でる。
その後ダンボールのガムテープを次々引っぺがし、ミカドに開いて見せた。

「冷蔵庫の中、もう空っぽだろう? 一応色々買ってきた」

SEIYUで、冷凍の肉や魚、小麦粉や麺類、野菜と果物、調味料等、食材を手当たりしだいに購入し、運んで貰ったのだ。

ミカドは嬉しそうに万歳を繰り返した後、恐縮そうに身を縮こませ、ぺこぺこと頭を下げだす。
きっと、お礼と申し訳ない気持ちを表しているのだろう。


「気にしないで。俺が勝手に暴走したんだし」


自分でも、ちょっと買いすぎたかなと思う。
けれど昨夜と今朝、まだたった二食しか味わっていないけれど、彼の作ったご飯もデザートも、とても美味しかったから。
もっと色々な食材を渡してみたら、一体どんなものがでてくるかと思うと、とても楽しみで止まらなかった。

だが今回は一度目だからいいが、次も次もと何度も宅配サービスを頼むのは、気が進まない。
何といっても、ここのエントランスの工事が終わるまで、後三週間もあるのだから。

「やっぱり、不便だな」

今日マネージャーや事務所の社長にも、『エレベーターが治るまで、ホテル暮らしをしたらどうだ? 宿泊費用は、勿論会社の経費で落とすから』と、ペットOK物件をいくつか薦められた。
だが、彼は速攻で全部断った。

ホテルでは、自分自身も沢山、不特定多数の人の目に晒される。
何よりミカドの幽霊を連れて行って、もしも彼を見る事ができる奴がいたら、きっと騒ぎになる。

煩わしいのは嫌だし、折角こんな珍しくて変わった幽霊を飼ったのに、気を使われて消えられるのも、邪魔されるのも御免だ。


「エレベーターの修理を待っていたら三週間かかるって。なら住み替えは実際、いい案だと思うんだ。早速マンションのカタログを、色々取り寄せてきた。来週早々に引越しするから、ミカドも覚悟しておいてね」
『あの、もう僕お別れですか?』
「何? 捨てられると思った? お前は勿論俺と一緒に来るんだ。それとも嫌?」

ミカドは明らかにほっと胸を撫で下ろし、ぶんぶん勢い良く首を横に振りたくる。
そんな仕草に、思わず口元が緩んだ。

この子は本当に、幽霊なのに、感情表現が豊かだ。
それに、いつも無表情・無関心な自分が、現状和んでいるこの不思議さ。

彼と一緒にいると、とてもほのぼのして心が癒される。
そして失った筈の感情が、ときおり顔を覗かせるから、驚きだ。

「ミカドは本当に、変な幽霊だね」

僅かな時間を一緒にいただけなのに、居心地良すぎて離れがたい。


『あの、夕飯はピザが焼けたら食べられますよ。後10分ぐらいでできますが、その間先にサラダとスープか、おやつをつまみますか?』
「十分後でいいよ。美味しそうだね、楽しみだ」

ぽくっと嬉しそうに雰囲気が変わったミカドに、幽はダンボールを漁って、買ってきた小箱を手渡した。
新品のPDAと、その取り扱い説明書だ。

「いちいち紙に書くより、入力の方が速いと思って。池袋に住んでいる、【首無しライダー】が使っているのと同じ物だよ」

兄が以前世間話で、そう言っていた気がする。
実際は気のいい女性で、ただしゃべれないだけの運び屋らしいのに、扱うバイクが手作りでちょっと特殊な為、勝手に変な都市伝説になってしまっているなんて、気の毒だと思う。

ミカドは箱と幽を交互に見て、ぺこぺこと何度も頭を下げた後、ピザ生地を大事に両手で抱え持ち、慌ててオーブンレンジへと小走りで向った。

彼が足元に纏わりつく独尊丸とじゃれあいつつ、夕食を焼き始めるのを見届けた後、幽もテーブルについて頬杖をつき、ぺらりと新築マンションのパンフレットを捲った。



★☆★☆★


『じゃあ、これはどうだ?』
《うわぁ♪ 視界が茶色いです♪ 大きい♪♪》

ソファに座った静雄の膝の上に鎮座している帝人の首に、セルティが自分の猫耳ヘルメットを被せてみた。
すっぽりと全部隠れてしまったミカドは、フルフェイスのヘルメットが珍しかったのか、嬉しげにぽむぽむと弾んで、喜びを表現しだす。

「竜ヶ峰、あまり調子に乗ってはしゃぐな。俺の膝から落ちるぞ」
《はぁい♪》

静雄の前、セルティの真横にいる白衣を着た闇医者は、顔を上気させ、興奮気味に首を横に振る。

「なんて不思議な光景だ。私の視界からたった今、愛しいセルティの黄色いヘルメットが忽然と消えてしまったよ」
「ふーん。じゃあ、これならどうだ?」

猫耳フルフェイスヘルメットをセルティに返し、バーテンベストを引っ張って、帝人の首を懐に入れ、無理やり詰め込んでみる。
《いにゃにゃにゃにゃ!! 静雄さん、苦しいです!! 私の鼻が潰れちゃう、変形しちゃいます!!》

「どうだ新羅? 竜ヶ峰の頭の形が判るか?」

不自然な程腹が膨れている自分を見て、新羅は益々嬉しげに首を横に振った。

「残念ながら私の目には、いつもの通り、きっちりとバーテン服を着こなしている静雄しか見えないよ。これは益々興味深いね。ねぇミカド君、ちょっと失礼……、触ってもいいかい?」
《……は、はい……》