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憧れの日常

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「手前ェェェェ!延滞料踏み倒して夜逃げしようたぁどういう了見だァ!!」
 池袋に平和島静雄の怒号が飛ぶ。こけつまろびつ逃亡をはかる男。それが、静雄が取り立てにきたターゲット、もとい客だろう。
 男を追うように飛ぶ怒声と――交通標識が、一本。


『池袋は今日も平常運転だな』
「ほんとですねぇ。いつも不思議だったんですけど、静雄さんってどうやって弁償してるんですか、あれ。取り立て屋ってそんなにもうかるのかな」
『あいつの上司が上手い事フォローに回ってるらしいから、全額弁償しているかどうかは疑わしいな。大きな声では言えないんだけどな』
 でもセルティさん声出せないから平気ですよね。そうだな打った会話全部その場で消してるし。あははそれじゃあ安心だ。――PDAを介してセルティと雑談しながら、帝人は目の前で繰り広げられる非常識な光景を傍観する。ちょっと学校帰りにセンター街に立ち寄ってみればこの調子だ。

 最初は親友に釘を刺された。危険人物だから近寄るなと。
 その次に会った静雄は、帝人が創設した組織のメンバーだった。
 彼がメンバーから抜けてから、なぜだか一緒に鍋をつつく機会があって。
 生活領域が重なるせいか、たまに顔を合わせては他愛もない話をしているうちに、いつの間にか帝人に取って平和島静雄という人物は、謎の超人でも池袋の危険人物でもなくなっていた。一人の、気を許せる知り合いになっていた。

 偶然居合わせたセルティに、話のついでに気になっていた事を尋ねてみた。すると、案外見て見ぬふりをすべき大人の事情的な、はっきりしない情報が得られた。
 そこまで気になっていた疑問でもなかったので(まあそんな事だろうとは思っていた)、セルティとは別れてCDショップと書店へ寄って、その帰り道。
「よう」
「あ、こんにちは」
 仕事帰りの静雄とばったり会った。
「仕事の帰りですか?」
「ああ」
 今日は二度目ですね、という言葉は飲み込んだ。見上げた彼は冴えない顔をしている。仕事でちょっとムカつく客がいて、本気でブチのめしちまってな、と決まり悪そうにつぶやいたから。
「ああ、だから肩のところがちょっと破れちゃってるんですね。僕んち、近くなんで寄ってきます?学校の実習で使った裁縫セットなら探せばあると思うし」
「いや、でもよ」
「弟さんから貰った、大事な服なんでしょ?」
 静雄はややあって、「それじゃあ」とうなずいた。
 遠慮して一旦は断って、でも帝人のダメ押しに、すまなそうな顔をして誘いに乗った。さっき見た、怒声を張り上げ交通標識や街頭を引っこ抜いて振り回していた超人っぷりとはまるで別人だ。
 平和島静雄が、『化け物』でない事はよく知っている。怒らせなければ普通のひとなのだ。帝人はにこりと笑って、「狭いアパートですけど」と下宿に彼を誘った。
 歩いて十数分。帝人の住まいを見た静雄は何か言いたげに絶句した。皆まで言うな、だいたい分かるから。
「……、雨漏りとか、ねえのか?」
「ええまあ、大家さんに言えばすぐ直してもらえますし」
 暮らしていくに不自由はない。
 1K、風呂とトイレは共同。築何十年かは敢えて聞かなかった。竜ヶ峰気の財政状況ではこの程度の部屋を借りるのが精一杯だったのだ。
「ま、俺もでけぇツラできるほど立派なとこに住んでる訳じゃねえしな」
 悪ぃなと一言、静雄は靴を脱いであがってくる。意外と律儀な人だ。それにしても、帝人ひとりならともかく、そこに大柄な静雄が増えると、途端に部屋の狭さが際立つ。
「あ、すみません!布団すぐに片づけますね!」
 朝、出掛ける前に、窓際に布団を広げて干していたのだ。「良けりゃ俺が片づけるけど」と言ってくれた静雄に任せて、帝人は裁縫道具を探す。実習が終わってすぐに押入にしまいこんだはずだ。
「……なんだ?」
「いえ、別に!布団、たたんだら部屋の隅に置いといてもらえますか」
「ああ」
 ふかふかの布団をきっちり三等分に折って、部屋の端に運ぶのを、手を止めて眺めてしまった。ふう、と息をつく静雄の表情が柔らかくて、ついつい目を奪われた。帝人は慌てて押入を探って目的の物を見つけ出す。
 家事全般に不慣れな男ふたり、四苦八苦しながらどうにかシャツの綻びを繕った。

 まだ日暮れまでには時間がある。静雄を座らせお茶と茶請け菓子を用意しながら、そんな事をしている自分が妙な気分になってくる。笑みがこぼれる。――なんで池袋最強にお茶ふるまってるんだろう、僕。
 急須と湯呑みともらい物の塩せんべいをお盆にのせる。静雄は、窓枠に頬杖を突いて、空を眺めていた。鼻歌でも飛び出しそうな程にリラックスしている顔だった。
「渋いチョイスだな」
「すみません、他に買い置きがなくって」
「いや、別にケチつけたつもりはねぇんだ」
 男ふたり、顔突き合わせてお茶を啜る。せんべい片手に「今度は甘いもの、用意しておきますね」と言った時の、静雄の顔が忘れられない。豆鉄砲をくらった鳩が、気まずそうに顔をしかめる。
「なんで知ってんだ?」
「さぁ」――セルティ情報である。
「豆だいふくとか、美味しいですよね」
「やっぱ渋いチョイスだな」
 そうですかね、と笑って、お茶をもう一口。
 やっぱ静雄みたいな性格の人は、苦いものや辛いものより甘いものが好きだなんて、体裁が悪いとか思ってるんだろうか。
 お茶のおかわりを注いでいると、ふと、ぽつりと静雄が言った。
「俺、鄙びた田舎暮らしってのに憧れてんだ。できることなら、こういうごちゃごちゃした都会じゃなくて、田んぼとか牛とか馬とかいるような田舎に引っ越してみてぇ」
「へえぇ」
 帝人が手渡したせんべいを手元で砕いて、静雄は室内に視線を投げる。ちょっとだけ、笑って。
「太陽のにおいになって乾いた藁の上とか、寝っ転がったら気持ちよさそうじゃねぇか」
「あー、昔のアニメみたいですね。それで、田舎の山奥で熊と出会ったら、やっぱり静雄さん、戦うんですか」
「人喰い熊でもなきゃ、やらねぇよ」
 それで、何を言いたいのだろう。すでに分かる気もするから訊かないけれど。
 それでだ、えー、あ、と言葉を濁して静雄は首の後ろを掻く。
「だからだな、俺は、気取った高級マンションとやらよりも、こういうアパートのが好きなんだ」
「そうですね、住めば都って言いますし」
「ああいういい匂いって、お高いマンションには似合わねえ気がするしな」
 視線の先には、干してふかふかになって、太陽のにおいを振りまく布団。
 にこりと、帝人は微笑む。
「俺も、そうですね」

 関わっちゃいけないブラックリストのひとり。素手で自販機を投げつける怪力の化け物。悪名高い平和島静雄その人が。
「また邪魔するわ。裁縫道具とせんべいの礼に」
「それじゃあ、静雄さんおすすめのお茶菓子、持ってきてもらえたら嬉しいです」
「ああ」
 考えとく、と言って、静雄は旨そうにせんべいをかじってお茶を啜った。



作品名:憧れの日常 作家名:美緒