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恋は盲目、とはよく言ったものだ

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Episode.トムVer.



青空に所々白い雲がたなびいている。夏の頃よりも数段高くなった空を、トムはため息をつきながら眺めていた。
ここは学校の屋上。トムの横にいる童顔で大人顔負けの情報収集能力を持つ帝人が『不良のたまり場』などというデマを流したおかげで、
トムと帝人以外人っ子一人いない、いわば授業をサボるには穴場な場所であった。
最初に弁明しておくと、確かにここはサボりにはうってつけの場所だが、昼の時間を過ごすのにも最高の場所であり、今二人は昼食をとっている最中である。
トムはそんな絶好の屋上でまた大きなため息をはいた。そのため息に隣にいた帝人の眉がぴくりはねる。そして持っていたパンを置くと勢いよくトムの頭を平手ではたいた。
トムの口からイデッという言葉が漏れた。ちなみに拳でたたかなかったのはせめてもの情けだとは帝人の余談だ。

「トム、ため息つかないでよ。昼ご飯がまずくなるでしょ。それとも何?僕に聞いて欲しいの?『何かあった?僕が相談に乗るよ?』って」

辛辣な帝人の言葉にトムは叩かれた頭を撫でながら、申し訳なさそうにすまん、と謝った。けれど、謝った直後にまたため息をつく。
帝人はもう一度トムの頭を叩いた。トムの口からまた同じ台詞が飛び出す。

「み、みかど・・・」

「言いたいことがあるなら言って。っていうか言ってスッキリするなら言え」

つん、と横を向きながら告げられた帝人の言葉に、トムは苦笑を漏らしてありがとうと呟いた。
帝人は一度鼻を鳴らすとで?とトムの言葉を促す。トムは最初、あ~とかう~とか唸っていたが、帝人の冷たい視線にとうとう耐えきれなくなりぽつりぽつりと話し出した。

「それがよ・・・、帝人も知ってると思うけど俺の隣に住んでるその、」

「じれったい。何?もしかして静のこと?」

「お、おう・・・・。その静なんだが・・・・その最近なますます美人になって」

トムは静のことを頭に浮かべる。小学生の頃はまだひょろりとしていて愛らしい少女だったのだが、
中学にあがってすぐの彼女は見た目は高校生のように大人びていた。
すらりとした美脚を惜しげもなく見せ、豊満な胸元は男の視線を釘付けにする。はっきり言って目の毒だった。

「そんなことを確か甘楽も言ってたような」

「ん?甘楽?」

「あぁ、こっちの話。で?続きは?」

「んでな。その、あいつがことあるごとに俺に抱きついてきて好きだとか何とか言ってくるんだよ」

そんな身体ばかりが大人になりつつある彼女はこの頃、よくトムに抱きついてくるようになった。
しかもあの胸を押しつけてくるという、今までの彼女なら考えられないような行動だ。
あの独特の柔らかい感触にくらりときたのは、一度や二度ではない。
恥ずかしそうに頬を染めて、はにかみながら好きだと何度も告げられて、動揺しない男はいないだろう。

(そんな男がいたら俺が殴ってると思うけどな・・・)

最近はあの美脚と胸を生かした服をチョイスしてくるので、本当に目のやり場に困る。

「ふーん・・・」

トムの話をまとめると、ようは静が急に大人びてきて、どう扱って良いのか分からなくなりつつあること。
そしてあからさまにトムに好意を寄せいて、男として嬉しい反面、妹のように思ってきた少女にそういう邪な気持ちを抱いて良いのか、と言うことだった。
トムの告白を全て聞いて帝人は馬鹿じゃないの、と一蹴する。

「みかっ」

「何?で、トムはどうしたいの?静の気持ちを分かっていて、今まで女じゃなくて妹として見てきたらどうして良いか分からないとか言う気?
 良いんじゃないそれで。今時の子って僕が言うのも何だけど、熱しやすくて冷めやすいらしいし?トムがそう言えば静だって目が覚めるでしょ。
 きっと自分と同い年くらいの良い男をみつけ、」

「だめだっ」

帝人は自分の言葉を切ったトムを睨み付ける。トムは自分が声を荒げたことに対して驚いている顔をしていた。

「あ、帝人・・・すまん」

視線をさまよわせながら下を俯くトムに、帝人は勝手だねと呟いた。トムの顔が苦痛にゆがむ。

「トムはさ、静をどう思ってるの?僕が言ったのは正しいんじゃないの?君が静を女として見てあげられないのなら、早々に告げるべきだよ。
 じゃないと彼女がかわいそうだ。それくらい分かるでしょ?」

「・・・おう」

煮え切らないトムの態度に帝人はため息をついて、もう一度頭を叩いた。今度はげんこつで。
思い切り当たったトムは頭を抱えて悶絶する。痛みの所為で涙がこぼれ、苦痛にゆがむ顔で己の頭を叩いた帝人を見つめた。
帝人も痛かったのだろう。叩いた手をひらひらさせて、眉を寄せながら痛いとごちている。

「で、目覚めた?」

「え、」

「何?まだ叩かれ足りないって?」

帝人の絶対零度の笑みがトムに突き刺さる。トムはもはや条件反射で首を横に振った。
きっと今度はげんこつではなく普通の人にとってはただ書くための道具でしかない、とある文房具が出てくるだろうから。

「全く・・・。ねぇトム。もう一度聞いてあげる。お前は静をどうしたい?」

「・・・俺は」

「他の男に奪われたくないんだろ?嫌なんだろ?だったら、側に置けばいい。一緒にいてやればいい。どうしてそうしてやらないの」

「だけど、」

「あのね?歳とかのことを気にしてるんなら僕、君を馬鹿と言うよ。今が変に思われるだけでよくよく考えてごらん。
 君が30の時、彼女は24だよ。ほら、全然普通じゃん。何がだめ?それとも今まで妹だと思ってきたから?
 そんなの、他の男にとられたくないとか思う時点でもう妹と見てないからね?それくらい分かりなよ」

「っ」

帝人の言葉にトムは息をのんだ。そして唇をぎゅっと一文字に結び、帝人の言葉を一語一語咀嚼していく。
確かに帝人の言うとおりだった。歳のことも気にはしていた。己は18。相手は中学と言ってもまだ12。
世間一般で考えたら、静にどんな醜聞が行くか分かったものではない。
それに、自分はずっと彼女を妹のように大事にしてきた。そんな少女にいつの間にか男女の恋を抱いていて。

(だけど、それがどうした・・・・!)

奪われたくない。側にいて欲しい。側にいたい。それが今の自分の気持ち。
帝人を見ると、彼は呆れた顔をして手間のかかると呟いていた。そんな分かりにくい友人の情にトムはありがとうと礼を言った。

「別に。ただ側で辛気くさい顔をしてため息ばかりつかれてたらご飯がまずくなるでしょ」

「相も変わらず帝人って毒舌をはくよな」

「それが僕の日常だからね」

「まぁ、そんな帝人だからこうして俺は相談できてたんだと思うよ」

「何それ?・・・一応褒め言葉としてなら受けとっといてあげる」

「おう。受け取ってくれ」

トムは自分の頭上いっぱいに広がる青空を見上げて、笑みを浮かべた。

(あぁ、早く君に会いたい)