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恋は盲目、とはよく言ったものだ

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Episode.静Ver.




あれから数年の月日がたち、今静は中学一年。トムは高校三年。
静は見違えるように美人になった。男勝りな格好はやめ、トムが好きだという女の子らしい格好を意識してみるようになった。
それに急に出てきた胸と、すらりとした友人達も羨む足を生かした服をセレクトしてみる。トムには全く効果がなかったが。
それでも静は諦めることはなかった。いつかはトムが振り向いてくれると信じ、己を磨き続けている。
7:23、時計を確認し静は深呼吸を何度も繰り返す。あと7分。
家でもよく確認した己の制服をもう一度確認する。スカートはめくれてないか、リボンは曲がっていないか。
あの人の前でみっともない姿をさらしたくない。電柱の陰からこっそりとトムの玄関を覗き見た。
ドクドクと心の臓が痛いくらいに跳ね上げる。落ち着け落ち着けと、自分の胸に手を置きながら深呼吸。そして・・・。

「あっ」

がちゃりと音がしたと思ったら、扉からあの人が出てきた。いつもと同じ制服を着崩した姿。
静はトムが家の門を出た瞬間、思い切り電柱から飛び出してタックルするように抱きついた。

「ぐぇっ」

「おはようございます!トムさん!!」

トムの口からガマ蛙を踏みつぶした時に出るような声が漏れる。そんな事はお構いなしに静は朝から元気いっぱいにトムに抱きついていた。
ちなみに、友達から教わった男を堕とすという秘技、胸を押しつけるという行為も試す。これが静の日課であり、日常でもある。
トムの香水だろうか、静の鼻孔を良い香りがくすぐった。幸せだな、と静が顔をにやけさせていたら、優し目にぺちりと頭を叩かれる。

「こら静。女がそうそう男に抱きつくもんじゃねぇ」

「トムさんだからですってばっ」

むぅ、と頬を膨らませて自分より幾分高いところにあるトムの顔を睨み付ける。
今日も友達から教わった秘技は効果を示さなかったらしい。だってトムは顔色一つ変えやしない。
トムはため息をはくと、そうかそうかと良いながら静の頭をわしゃわしゃとなで回した。

「ぎゃっ!なんてことするんですか!?せっかくセットしたのに!」

静は急いでトムから離れると、頬を膨らませまま髪の毛を手櫛で整える。せっかくトムに可愛い己を見ていて欲しかったのに。
朝、髪にかかった時間を無惨にも無駄にされてしまった。
ふくれっ面をそのままにトムを見ると、彼は優しげな、静が一番好きな笑みを浮かべて。

「変にセットしてるより、俺はその方がお前らしくて好きだぜ?」

ほら、行くぞ。と言って差し出された手を静ははにかみながら受け取った。
あのときから変わらない、トムから差し出される手。手の感触や大きさは変わってしまったけれど、ぬくもりは変わらない。
先ほどまで荒れていた心が、トムの笑顔と言葉、そして差し出された手によってすっかり落ち着き、
今では天にも昇れるくらい嬉しさで満たされていた。
静は自分でも思う、複雑な乙女心はコロコロと変わるものだと。
けれど、悪くはないだろう。
静は自分の手を引いて先を歩いているトムの背中を見て、呟いた。

「絶対振り向かせてあげますから」

「ん?なんか言ったか?」

「何にも!」