王子様とゲーム。
他人と並んで三食を共にするというのは、なにやら不思議なものだ。
家族ほど好き勝手な態度を取れるわけでもないし、気心の知れた友人のようにただただくだらない話を休みなく続けるようなテンションでもない。
そこそこに弾んだ会話をしながらも、椿のような下っ端は、下手したら練習中より気を使いながら食事をしているありさまで。一緒にテーブルに着く相手に毎度毎度気分を上昇下降させていた。
「だからよお、俺はこの間の試合はだなあ……」
「ああもう、いいよ。ウルサイな。米粒飛ばしながら喋らないでくれる?」
「ナツ、食べるか喋るかどっちかにしてくれ」
ああ、今日のテーブルは失敗だ。
椿は真っ赤な福神漬けを箸で口へと運び、ひたすらカレーを見つめ続けた。緑川、吉田に夏木、てんでばらばらで癖ばかりあるメンバーがよりによって一つテーブルに集まっているのだ。
「なあ、椿! そう思うよな?」
俯く椿の肩口を、傍らからばしりと叩かれた。
わんわんと耳鳴り伸しそうな大声で叫ぶのは夏木だ。夏木は先ほどから、もりもりとカレーを口に運びつつ、それと同じスピードで喋り倒していた。
「勘弁してくれないかい? また米粒が飛んできた。ナッツと同じテーブルで食事をするのは、これだからイヤなんだよ」
その向かいで飛んできた米粒をひょいと避けながらも、優雅な仕草でスプーンを口へと運んでいるのは吉田。テーブルの己の周囲へと貼り付いた米粒に、分かりやすく不機嫌そうな顔をする。
「椿、食欲がないのか?」
いつものことながらも、一触即発な二人の雰囲気に、げっそりと食欲が落ちる。ちまちまとサラダを口に運びつつ、割り箸の先を噛む椿を対面からちらりと見遣り、緑川が二人とはまた違ったマイペースさで問いかける。
「あ……いや、いえ……」
流石に先輩二人の空気に食欲が減退しているとは言えない。慌てて箸を進める。思わず漏れ掛けた溜め息を、味噌汁を飲んで誤魔化す。
本当に、なんだって今日はこのメンツで……。
四人掛けのテーブルの椿の前には緑川、その隣には吉田、その向かい椿の隣に夏木。緑川はともかく、吉田と夏木の取り合わせは胃の痛いことこの上ない。
恨みますよ、監督……。
伏せた視線のまま、椿はちらりと周囲を見回した。斜め向かいのテーブルでは、この組み合わせの元凶である達海が暢気な様子で食事をしている。
今日のこの胃の痛い組み合わせは、達海が練習後に夏木に捕まり二人して延々と話をしていたからだった。
食事のテーブルは基本、早くに食堂に来た者から好きな場所を陣取ることになっている。
練習後、細々とした用事を終えて椿が食堂に向かうと小さな食堂の席はほぼ満席で、空いていたのが緑川のいたこのテーブルだけだった。相席の了解を得てカウンターで夕飯を受け取り、席に着いた時には緑川の隣には吉田が座っていた。それから、吉田の命令で彼の分の食事を受け取り再び席に戻った頃に達海とのミーティングを終えた夏木が食堂へやって来たのだ。その時点で、夏木の座れる席は椿の隣だけである。ちなみに、吉田は当然のように席に着いた夏木に思い切り嫌な顔をしていた。それは夏木が食事を始めてからはますますだった。
けれどそんな吉田の不機嫌そうな様子も椿の沈鬱な表情も、一向気に介する素振りもなく、夏木は先ほどから好き勝手に喋り続けているわけで。
「で、だな……っ、ぇほん、げほっ、げほっ……」
「っ! ナッツ!」
「わっ! ナツさん……」
やがて、食べ物がおかしなところに入ったのだろう、夏木が盛大に噎せる。緑川が無言のままグラスを手渡し、椿は手ぬぐい片手、背中に手をあてる。
「大丈夫ですか?」
「お……おお、すまんな」
自業自得とは言え、無視することも叶わずけんけんと波打つ背中をさすっていると、涙目の夏木ががぶがぶと水を飲み、大きく息を継ぐ。それを正面から冷ややかに見つめ、吉田はテーブルの上飛び散った米粒に耐えきれない、とばかりにがしゃんと音を立ててスプーンを置いた。
「ごちそうさま」
「おい、ジーノ。それだけじゃ足りんだろう?」
椿同様、まださして口を付けていないカレーに、隣から緑川が声を掛ける。
「食欲なくなったから、いいよ。こんな下品なのと相席じゃ物を食べた気にもならないし……」
「下品とはなんだぁ!」
言うなり立ち上がる吉田に、夏木もつられて立ち上がる。夏木の腿にテーブルが弾かれて、がちゃんと大きな音を立てた。椿は うわぁ! と情けのない悲鳴を上げる。
「うわぁ! 二人とも、落ち着いてください……!」
椿も腰を浮かせ掛けおろおろと両者を振り仰ぐ。ついでに周囲を見回せば、突如立ち上がった二人にの様子にも、緑川同様さして驚いた様子も見せず、楽しむようににやにやとこちらを見つめている。
「ね……今は食事の時間ッスから……」
「ウルサイよ、バッキー」
「そうだ、椿ィー」
「えぇえ……? 俺ッスか?」
それどころか慌てふためく椿の様子までネタにしているようである。相反する温度でにらみ合う二人に窘められて、周囲からくすくすと笑い声があがる。恥ずかしいやら困惑するやらますます狼狽え、最早椿は半べそだ。
ああもう、最悪だ。なんだって俺がこんな目に……。
情けなくも水っぽくなった鼻を啜ろうと手ぬぐいを押しあてた瞬間、背後から首根っこをぐいと捕まれた。続けてぽすん、と背中に暖かな物が触れる。
「ひゃあ!」
「……おいおい、いい悲鳴だなあ」
「監督!」
悲鳴を上げた椿の背後からは、からかいを含んだ声。振り向けば斜め前のテーブルに座っていたはずの達海が、椿の背後へと立っていた。口に銀色のスプーンをくわえたまま、にっといつもの食えない笑顔で吉田と夏木、二人を見つめのほほんと呟く。
「おまえ等もさあ、ほんと、仲いいな」
「タッツミー、ボクとこの野蛮人が? 冗談は止してよ」
「俺だって、ジーノと仲良しなんて、勘違いしないでくださいよ!」
「ほらほら、仲いいって!」
「……すげぇ……」
流石は年の功なのか、怯える椿とは打って変わって、飄々と二人を混ぜっ返す。そんな達海に吉田はますますと表情を硬化させ夏木は唇を尖らせる。
すごい、けど、逆効果じゃないのか?
怒りのオーラを滲ませる二人に無言で見つめられ、椿がびくりと体を震わせる。その頭をもしゃもしゃと掻き撫でて、達海はもう一度 仲良しだなあ、と呟きスプーンの先を揺らした。
「でもなぁ、いっくら仲良しでもまだみんな食事中だぜ? レクリエーションは食事終わってからにしような。そしたら、俺らも付き合ってやるし」
「ぬあぁ……だから、カントク! 俺ら別に仲良しなんかじゃ、」
「ってわけだからさあ、椿……」
奇声をあげる夏木をすっきりと無視して、達海は傍らの椿を振り返ると、にっと口の端を上げる。
「ハイ?」
「クジ作っといて」
思わず返事をした椿に、箸立てに突き立てられた割り箸の束を手渡すと達海は くふん、と鼻で笑った。
家族ほど好き勝手な態度を取れるわけでもないし、気心の知れた友人のようにただただくだらない話を休みなく続けるようなテンションでもない。
そこそこに弾んだ会話をしながらも、椿のような下っ端は、下手したら練習中より気を使いながら食事をしているありさまで。一緒にテーブルに着く相手に毎度毎度気分を上昇下降させていた。
「だからよお、俺はこの間の試合はだなあ……」
「ああもう、いいよ。ウルサイな。米粒飛ばしながら喋らないでくれる?」
「ナツ、食べるか喋るかどっちかにしてくれ」
ああ、今日のテーブルは失敗だ。
椿は真っ赤な福神漬けを箸で口へと運び、ひたすらカレーを見つめ続けた。緑川、吉田に夏木、てんでばらばらで癖ばかりあるメンバーがよりによって一つテーブルに集まっているのだ。
「なあ、椿! そう思うよな?」
俯く椿の肩口を、傍らからばしりと叩かれた。
わんわんと耳鳴り伸しそうな大声で叫ぶのは夏木だ。夏木は先ほどから、もりもりとカレーを口に運びつつ、それと同じスピードで喋り倒していた。
「勘弁してくれないかい? また米粒が飛んできた。ナッツと同じテーブルで食事をするのは、これだからイヤなんだよ」
その向かいで飛んできた米粒をひょいと避けながらも、優雅な仕草でスプーンを口へと運んでいるのは吉田。テーブルの己の周囲へと貼り付いた米粒に、分かりやすく不機嫌そうな顔をする。
「椿、食欲がないのか?」
いつものことながらも、一触即発な二人の雰囲気に、げっそりと食欲が落ちる。ちまちまとサラダを口に運びつつ、割り箸の先を噛む椿を対面からちらりと見遣り、緑川が二人とはまた違ったマイペースさで問いかける。
「あ……いや、いえ……」
流石に先輩二人の空気に食欲が減退しているとは言えない。慌てて箸を進める。思わず漏れ掛けた溜め息を、味噌汁を飲んで誤魔化す。
本当に、なんだって今日はこのメンツで……。
四人掛けのテーブルの椿の前には緑川、その隣には吉田、その向かい椿の隣に夏木。緑川はともかく、吉田と夏木の取り合わせは胃の痛いことこの上ない。
恨みますよ、監督……。
伏せた視線のまま、椿はちらりと周囲を見回した。斜め向かいのテーブルでは、この組み合わせの元凶である達海が暢気な様子で食事をしている。
今日のこの胃の痛い組み合わせは、達海が練習後に夏木に捕まり二人して延々と話をしていたからだった。
食事のテーブルは基本、早くに食堂に来た者から好きな場所を陣取ることになっている。
練習後、細々とした用事を終えて椿が食堂に向かうと小さな食堂の席はほぼ満席で、空いていたのが緑川のいたこのテーブルだけだった。相席の了解を得てカウンターで夕飯を受け取り、席に着いた時には緑川の隣には吉田が座っていた。それから、吉田の命令で彼の分の食事を受け取り再び席に戻った頃に達海とのミーティングを終えた夏木が食堂へやって来たのだ。その時点で、夏木の座れる席は椿の隣だけである。ちなみに、吉田は当然のように席に着いた夏木に思い切り嫌な顔をしていた。それは夏木が食事を始めてからはますますだった。
けれどそんな吉田の不機嫌そうな様子も椿の沈鬱な表情も、一向気に介する素振りもなく、夏木は先ほどから好き勝手に喋り続けているわけで。
「で、だな……っ、ぇほん、げほっ、げほっ……」
「っ! ナッツ!」
「わっ! ナツさん……」
やがて、食べ物がおかしなところに入ったのだろう、夏木が盛大に噎せる。緑川が無言のままグラスを手渡し、椿は手ぬぐい片手、背中に手をあてる。
「大丈夫ですか?」
「お……おお、すまんな」
自業自得とは言え、無視することも叶わずけんけんと波打つ背中をさすっていると、涙目の夏木ががぶがぶと水を飲み、大きく息を継ぐ。それを正面から冷ややかに見つめ、吉田はテーブルの上飛び散った米粒に耐えきれない、とばかりにがしゃんと音を立ててスプーンを置いた。
「ごちそうさま」
「おい、ジーノ。それだけじゃ足りんだろう?」
椿同様、まださして口を付けていないカレーに、隣から緑川が声を掛ける。
「食欲なくなったから、いいよ。こんな下品なのと相席じゃ物を食べた気にもならないし……」
「下品とはなんだぁ!」
言うなり立ち上がる吉田に、夏木もつられて立ち上がる。夏木の腿にテーブルが弾かれて、がちゃんと大きな音を立てた。椿は うわぁ! と情けのない悲鳴を上げる。
「うわぁ! 二人とも、落ち着いてください……!」
椿も腰を浮かせ掛けおろおろと両者を振り仰ぐ。ついでに周囲を見回せば、突如立ち上がった二人にの様子にも、緑川同様さして驚いた様子も見せず、楽しむようににやにやとこちらを見つめている。
「ね……今は食事の時間ッスから……」
「ウルサイよ、バッキー」
「そうだ、椿ィー」
「えぇえ……? 俺ッスか?」
それどころか慌てふためく椿の様子までネタにしているようである。相反する温度でにらみ合う二人に窘められて、周囲からくすくすと笑い声があがる。恥ずかしいやら困惑するやらますます狼狽え、最早椿は半べそだ。
ああもう、最悪だ。なんだって俺がこんな目に……。
情けなくも水っぽくなった鼻を啜ろうと手ぬぐいを押しあてた瞬間、背後から首根っこをぐいと捕まれた。続けてぽすん、と背中に暖かな物が触れる。
「ひゃあ!」
「……おいおい、いい悲鳴だなあ」
「監督!」
悲鳴を上げた椿の背後からは、からかいを含んだ声。振り向けば斜め前のテーブルに座っていたはずの達海が、椿の背後へと立っていた。口に銀色のスプーンをくわえたまま、にっといつもの食えない笑顔で吉田と夏木、二人を見つめのほほんと呟く。
「おまえ等もさあ、ほんと、仲いいな」
「タッツミー、ボクとこの野蛮人が? 冗談は止してよ」
「俺だって、ジーノと仲良しなんて、勘違いしないでくださいよ!」
「ほらほら、仲いいって!」
「……すげぇ……」
流石は年の功なのか、怯える椿とは打って変わって、飄々と二人を混ぜっ返す。そんな達海に吉田はますますと表情を硬化させ夏木は唇を尖らせる。
すごい、けど、逆効果じゃないのか?
怒りのオーラを滲ませる二人に無言で見つめられ、椿がびくりと体を震わせる。その頭をもしゃもしゃと掻き撫でて、達海はもう一度 仲良しだなあ、と呟きスプーンの先を揺らした。
「でもなぁ、いっくら仲良しでもまだみんな食事中だぜ? レクリエーションは食事終わってからにしような。そしたら、俺らも付き合ってやるし」
「ぬあぁ……だから、カントク! 俺ら別に仲良しなんかじゃ、」
「ってわけだからさあ、椿……」
奇声をあげる夏木をすっきりと無視して、達海は傍らの椿を振り返ると、にっと口の端を上げる。
「ハイ?」
「クジ作っといて」
思わず返事をした椿に、箸立てに突き立てられた割り箸の束を手渡すと達海は くふん、と鼻で笑った。