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人を呪わば穴二つ

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序幕 彼女は全て知っている


 とある休日の昼食時、露西亜寿司はそれなりの賑わいを見せていた。
 独特の内装、異人の店員、初めて来店したらしい客が、きょろきょろと周囲を見回している。そんな光景にすっかり慣れた常連客は、この店独自のメニューに舌鼓を打ったり、時には顔を顰めたりと忙しい。店内には民族調の音楽が流れているが、人々の話し声に掻き消されて殆ど聞こえなかった。
「どうしたの、誠二」
 どちらかというと常連客側の一人、カウンター席に着いていた張間美香が、隣の矢霧誠二に声をかけた。日本人離れした美しい容貌が、僅かに不機嫌に曇っている。
 美香を置き去りに余所見をしていた誠二は、それでもざわめく店内から、きちんと彼女の声を拾いあげた。
「あの子、新しいアルバイトかな」
 誠二は、視線で店の片隅を指し示した。美香も誠二に倣って視線を動かす。
 二人の視線の先には、客から注文を取っている少女の姿があった。和風の制服を身に着けているが、サイズが合っていないのか、若干だぶついた印象だ。その少女の方を見ながら、誠二が言った。
「前の女の人は怖かったけど、今回は普通っぽいね。日本人だし」
 誠二は、以前この店で遭遇した、外国人女性を思い出していた。その時一度きりしか見ていないが、その女性は制服を着ていたものの、店の片隅に突っ立っているだけだった。それに比べれば、少女は忙しなく動き回り、それなりに従業員らしさを見せている。学生だろうか。はっきりとは分からないが、年齢も誠二達と近そうだ。
 誠二は、返事が返ってこないことを不審に思って、美香へと視線を戻した。見下ろした先で、美香は熱心に少女を見つめていた。僅かに目を眇め、顔を良く見ようとしているようだった。
「どうかした?」
 誠二が、不思議そうに尋ねた。美香が他人に興味を示すことは、非常に珍しい。しかし、美香はすぐに少女から視線を引き剥がすと、いつも通りの笑顔を浮かべて首を振った。
「ううん。ちょっと知り合いに似てる気がしたんだけど、違ったみたい」
 美香の言葉に、誠二は内心首を傾げた。誠二もまた、少女が誰かに似ているような気がしていたのだ。美香と共通の知人だろうか。誠二は、片っ端から知り合いの顔を思い浮かべた。
 その間に、空いた皿を運ぶ少女が、誠二達の傍を通った。その横顔を目で追いかける。
「…………あの子、紀田に似てないか?」
 誠二は、幾分声を潜めて言った。
 思いついたのは、一年の終わりに学校を辞めてしまった同級生だった。まだ半年ほどしか経っていないのに、随分昔のことのようだ。結局、どうして彼が居なくなったのか、真相は誰も知らなかった。彼に親しい同級生も戸惑うばかりだったので、誠二には尚更その理由は分からない。
「そうかな……?」
 美香は曖昧な表情で首を傾げた。彼女が思い浮かべていたのとは、別の人物だったようだ。
「うーん……顔が似てるっていうより、雰囲気が似てるかな」
 誠二はもう一度少女の顔を確かめようと店内を見回したが、作業場に入ってしまったのだろう。その姿は見つからなかった。代わりに、大柄な黒人男性が、愛嬌のある笑顔で客に緑茶を振舞っている。
「……紀田君、もう戻ってこないのかな」
 美香が、ぽつりと呟いた。
「どうしたの? 急に」
 冴えない表情の美香に、誠二が驚いて問いかけた。美香は、湯気を立てる湯のみをじっと見つめている。
「うん……なんか最近、杏里ちゃんが元気無いみたいだからさ」
 美香は顔を上げると、僅かに苦笑を浮かべた。
「紀田君がいた頃は、あんまりこんなこと無かったのになぁと思って」
「そういえば……最近、竜ヶ峰と一緒にいるところも見ないな」
 誠二は、眼鏡をかけた同級生の少女と同時に、彼女と親しい少年の姿を思い出した。不自然なほど行動を共にしていた二人は、最近は別々にしか見かけない。それぞれ同性の友達と行動しているというわけでも無く、二人の間がぷっつり途切れてしまったかのような印象だ。
「もしかしたら、ついに竜ヶ峰が告白して、園原が振っちゃったのかもな」
 誠二が、何気なく言った。竜ヶ峰帝人が園原杏里に好意を抱いていることは、一目瞭然だった。現状からすると、一番ありえそうな想像だ。
「もし告白されたら、振っちゃうかな? 杏里ちゃん」
 美香は、複雑そうな表情を浮かべた。
「……微妙だな」
 そう言いながら、誠二は緑茶を口に運ぶ。杏里は、帝人の他に親しい人間もいないようだが、そこに恋愛感情があるとまでは言い切れない。
 誠二が導き出した結論に、美香は少しがっかりしたようだ。僅かに唇を尖らせる。
「紀田君がいたら、このもやもやがすっきりするのになぁ」
「……三角関係で泥沼化するかもよ?」
 元々、そういった噂はいくらでもあった。一時は、奥手な帝人よりも紀田正臣が有利だと、無責任な想像が横行していたぐらいだ。
「今よりはずっといいよ」
「そうか?」
「そうだよ」
 首を傾げる誠二に、美香は困ったような笑みを浮かべた。
「だって、杏里ちゃんも竜ヶ峰君も、きっとそう思ってるもん」
 美香は、湯のみの上に揺蕩う湯気を見つめると、ふっと一息に吹き飛ばした。


作品名:人を呪わば穴二つ 作家名:窓子