人を呪わば穴二つ
第一幕 報復のお知らせ
竜ヶ峰帝人の様子がおかしい。
それが、ここ数日の黒沼青葉の懸案事項だった。自室のベッドに仰向けに寝そべり、青葉は考える。
帝人は、数日前から急に塞ぎがちになっていた。話しかければ愛想笑いは返すものの、後はひたすら溜め息を量産している。どうかしたのかと尋ねても、曖昧な返事をするばかりで、はっきりしない。
日に日に青白くなる帝人の顔色に、得体の知れない、気持ちの悪さを覚えていた。
先週、委員会が終わってすぐのことだった。
青葉は、教室を出て行く生徒達の中から帝人の姿を探した。帝人とは携帯で連絡を取り合うのが常だったが、こうして同じ場所に集まっているのだから、直接話すほうが手っ取り早い。教室内を見回すと、園原杏里が委員会の担当教諭に捕まっているのを見つけた。しかし、その近くに帝人の姿は見当たらない。
そうこうしているうちに、殆どの生徒が教室から退室してしまった。廊下に顔を出して左右を伺い、青葉はようやく見慣れた後姿を発見した。
「帝人先輩!」
青葉が声をかけると、帝人が立ち止まった。早足に帝人を追いかけ、その隣に並ぶ。
「あの、今日はどうしますか?」
青葉は帝人を見上げ、そしてはっとした。帝人はいつも通りの笑みを浮かべているが、目の下にはっきりとクマを作っていた。
「ごめんね、今日は行けないんだ。ちょっと用事があって……」
「そう、ですか……分かりました」
青葉は素直に引き下がった。
二人の会話は誰に聞かれても困らない内容だったが、指し示すのはダラーズとしての、もしくはブルースクウェアとしての活動の相談だ。最近、帝人は現場に出てこない。帝人の仕事は情報収集が主なのでそれでも問題は無いが、仮にもブルースクェアのリーダーだ。たまには顔を出してもらおうとこうして声をかけたのだが、帝人の様子は普通ではない。
「先輩、顔色悪いですよ。バイト大変なんですか?」
青葉は、帝人が学費以外の生活費を自活していることを知っていた。しかし、帝人は緩慢に首を振る。
「いや、大丈夫だよ。……ごめんね、急いでるから」
帝人はそれだけ言うと、逃げるようにその場を去った。奇妙な違和感を感じながら、結局青葉はその背を見送る。
――――――しばらく様子を見るか……。
実際、ブルースクウェアのメンバーを纏めているのは青葉だ。当面は支障無いだろう。
青葉が見つめていることにも気付かず、小さくなった帝人の背が、溜め息を吐くように上下した。
青葉はいくらかの逡巡の後、部活に顔を出そうと踵を返した。
すると、教師から解放されたらしい杏里が、ちょうど教室から出てきた。もう委員会で集まっていた生徒は散り散りになり、彼女が最後の一人だ。
「杏里先輩、お疲れ様です」
青葉が声をかけると、杏里が何か言いたそうに視線を揺らした。
「どうかしました?」
愛想の良い笑みを浮かべ、首を傾げる。杏里は、言い淀んで唇をもぞつかせた。
「……あの、帝人君見ませんでしたか?」
杏里は困ったように眉を下げ、廊下の先に視線を向けた。青葉は、その眼鏡の奥に、帝人ほどでは無いが薄っすらと隈が出来ていることに気が付いた。
「あちゃ、今帰っちゃいましたよ」
「そうですか……」
杏里は、唇を引き結んで視線を落とした。
「ついっさっきなんで、走れば追いつくかも」
「……いいんです、あの、ありがとうございます」
杏里は、軽く頭を下げた。その旋毛を見下ろしながら、青葉は不審に思った。帝人と杏里は、いつもは帰路を共にしていたはずだ。帝人の性格からして、何も言わずに帰ってしまうとは思えない。
「……もしかして、喧嘩でもしました?」
杏里がはっとして顔を上げた。顎のラインで揃えられた毛先が跳ねる。
「そんな事、無いと思うんですけど……」
眉を寄せる杏里は、本当に心当たりが無さそうだった。帝人の憔悴した顔と、杏里の困惑した様子を頭の中で並べて、青葉は内心首を傾げた。