人を呪わば穴二つ
青葉は、ふと目を覚ました。考え事をしているうちに眠ってしまったのだろう。何か夢を見ていたような気がするが、良く思い出せない。
覚醒するにつれ、電子音が鳴り響いていることに気が付いた。携帯の着信音だ。どうやら、これが原因で目が覚めたらしい。枕元に置いていた携帯を手探りで掴むと、画面も見ないままに着信ボタンを押した。
『…………黒沼、青葉君?』
スピーカーから聞き覚えの無い声がして、青葉は眉を寄せた。若い男の声だ。
「……どちらさまですか?」
青葉は寝転んだまま、寝起き特有の掠れた声で応対する。首だけを動かして、窓から空を見上げた。うたた寝しているうちに、夕方になってしまったようだ。薄っすらと空が色付いている。
『はじめまして……じゃねぇな。俺のこと知ってるんだろ?』
「いいえ? お名前をどうぞ」
青葉は携帯を離して画面を確認したが、相手は非通知だった。携帯の電源ボタンに指をかける。しかし、直前で相手が青葉の名を知っていることを思い出した。
『今日はクイズ大会です』
「は?」
青葉が訝しんでいると、突拍子も無い言葉が耳に飛び込んで来た。嫌な予感がする。
『第一問……あー、やっぱやめるわ。恥ずい。完全再現してやろうと思ったけど、お前らの前のリーダー頭悪すぎだろうよ。俺も人のこと言えねぇけどさ』
意外に早く、男の化けの皮が剥がれた。もとより、隠すつもりも無いのだろう。男の発言から、青葉は瞬時に結論に辿り着いた。寝起きの倦怠感を堪えて、ベッドから体を起こす。
「……紀田……先輩ですか?」
青葉の口から零れたのは、以前一瞬だけ顔を合わせた、黄巾賊の将軍の名前だった。顔は何となく覚えているが、さすがに声までは分からない。電話越しだと尚更だ。
『……正解。つっても、第一問はそれじゃなかったんだけどな』
正臣は、感情を押し殺したような、疲れたような話し方だった。青葉の胸中に、様々な疑問が渦巻く。
「……何で俺の番号知ってるんですか?」
動揺を抑えて、青葉はとりあえずの疑問を口にした。しかし、その回答は得られなかった。正臣は、一方的に話し始める。
『お前にちょっと頼みがあるんだよ。でも、いきなりそんな事言っても取り合ってくんねーだろうなぁと思って、ちょっとお前らの真似してみたんだ。まぁ、俺は女の子の足折ったりする趣味は無いから、今のところは安心してくれていいぜ』
正臣の言わんとしていることを理解して、青葉は素直に疑問を返した。
「俺、彼女とかいませんよ?」
『仲の良い女の子ぐらいいるだろ? 例えば、出席番号順で席が隣の子とかさ』
正臣の言葉に該当する人物を思い浮かべ、青葉は軽く目を瞠り、それから場違いな笑い声を漏らした。
「何だ?」
電話の向こうで、正臣が不審げな声を出した。
「はは、すみません。……俺ね、知ってるんですよ。紀田先輩が、折原臨也と繋がってるってこと。何が目的か知りませんけど、俺にそんなハッタリ通じませんよ。あいつの妹に、危害を加えられるわけありませんから」
青葉は笑いを噛み殺しながらも、丁寧な口調で言った。正臣は一瞬沈黙したが、すぐに言葉を紡ぐ。
『……俺が折原臨也と繋がってることを知ってるんだったら、俺があいつを、殺したいほど憎んでるのも知ってるんだろうな?』
今までの平坦な話し方が、僅かに乱れた。それが動揺を隠しているのか、悪意を滲ませているのか、青葉には判別できない。沈黙を返す青葉に、正臣がさらに言葉を続けた。
『何なら、証拠を聞かせようか? ほら』
半信半疑ながら、青葉はスピーカーに強く耳を押し付けた。
『嗚(あっ)』
ガタガタと物音がして、確かに聞き覚えのある声がスピーカーから漏れ聞こえた。その後、荒っぽい物音が続いて、青葉は目を細める。
『これで信じたか?』
物音がだんだん遠ざかる。正臣がその場を離れたらしい。
「…………えぇ、まぁ」
青葉は、口元の笑みを深めた。
『別に、お前をボコろうとか、そういうんじゃねぇから。……ま、二、三発殴りたいのが本音だけどな。ちょいと話しに出てきてくれたら、それでいいからよ』
正臣は、気の抜けたような気安い口調で言った。青葉も、変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。
「本当にそれだけですか? 話だけなら電話でもできますし、そんな中途半端な人質取らなくても伺いますよ?」
返事は、しばらく返ってこなかった。青葉も沈黙して、相手の言葉を待つ。
『……因果応報ってやつさ』
不意に鼓膜を揺らした言葉は、自嘲的な響きを伴っていた。
電話は、場所を指定してぷつりと切れた。
ベッドの上で胡坐をかき、青葉は思考を巡らせる。とりあえず九瑠璃、舞流両方の携帯に連絡してみたが、当然のように不通だった。
正臣の予想外の奇襲に驚きはしたが、さほど動揺はしていない。可能性は二つだ。一つは、本当に誘拐が行われている可能性。もう一つは、折原臨也の差し金だ。どう考えても後者の可能性が高いが、どちらにせよ目的ははっきりしない。話がしたいだけなんて額面通りに受け止めるほど、青葉は馬鹿正直ではなかった。
しかし、一人で来いと言われなかったのは不思議だ。現実問題、黄巾賊はほぼ壊滅状態で、正臣の呼びかけですぐに集まるのは、初期の少数のメンバーだけだろう。青葉がブルースクウェアの仲間を引き連れて行くのと、大して変わらない人数だ。他に人脈があるという可能性もあるが、それはこちらも同じこと。ダラーズを使えば、かなり大規模な人数を得られるだろう。
――――――因果応報……。
正臣の言葉を思い出し、青葉は思わず苦笑を浮かべた。
ブルースクウェアを創設したのは確かに青葉だが、青葉はあの一件には全く関わっていない。しかし、正臣にそんなことは関係無いだろう。同じ名前を背負っているだけで、責任はここまで追ってくる。カラーギャングとはそういうものだ。青葉も、帝人に同じ事を科している。
「……まぁ、いいか」
携帯を手の中で弄びながら、青葉は一人呟いた。