晴れでも雷
晴れ渡る空に澄み渡った空気、遠くでは鳥のさえずりが聞こえる。ここは真田幸村が治める上田城。その城を護る門前に、馬にまたがる、蒼い戦着を纏った者の姿が現れた。門番達は彼の衣装と顔を見て、直ぐに自分たちが護る物を開け放つ。全てが開く前に、彼は馬を進める。すると彼の目の前に赤い戦着を身につけた者が駆けつけた。この城の主である幸村だ。幸村が馬の前に立つと、彼は馬から降りた。
「おお!よくぞ参られました、政宗殿!!」
太陽に照らされ、明るい笑顔が映える。一方、政宗は俯いたままで言葉を発しない。兜を被ったままなので尚更その表情は幸村には窺えない。
「・・・いかがなされた?」
政宗の両肩に手を乗せ、彼の顔を覗き込む。すると、若干潤んだ瞳と心配そうな瞳がかち合う。そこでようやく政宗は口を開いた。
「・・・真田、ゆ、きむら?」
言うや否や、政宗は目を閉じた。いや、気を失ったようだ。目の前に居た幸村に向かって倒れこむ。幸村はそれを肩で受け止めた。そのまま倒れないように背に手を回して支える。
「佐助!」
幸村は切羽詰ったような声で佐助の名を呼んだ。
「はいはい、何の御用?」
木の葉を散らし、幸村の前に佐助は現れた。「何の用」と尋ねたわりに、次の言葉を分かっているような顔をしていた。
「床を用意せよ!」
「うん、そうだろうね。了解」
言うや否や、佐助は再び幸村の前から姿を消した。佐助が居なくなると、幸村は自分の懐に居る政宗に視線を戻した。そして右手に込める力を強くし、僅かに屈んで左手を政宗の背から膝裏に移動させる。曲げた足を伸ばし、政宗を自身の腕の中に入れて持ち上げた。その時、政宗の兜が彼の頭を下に持っていこうとした。幸村は政宗の兜を見つめる。少し考えた後、顔を政宗に近づけた。口を開き、政宗の口元に噛り付こうとする。次の瞬間
「何…しようとして、や、がんだ?」
政宗が目を僅かに開け、幸村の口を手で押さえた。幸村に触れる手は僅かに震えている。幸村は眉を顰めつつ、政宗から顔を離した。
「政宗殿の兜を外そうとしたのでござる。ただ、両手が塞がっていたもので・・・」
己の口で外そうとした、と話す。政宗は「アンタ馬鹿だろ」と言って自分の手で兜を外そうとした。だが、思うように力が入らないようだ。指が顎紐を掠めるだけで、外す事が出来ない。何度も試すが、同じ事を繰り返すだけだった。
「クソッ!外れねー」
悪態をつくも、その声は弱々しい。と、ここでようやく紐を解くことができた。兜は重力に従って落ち、金属質の音が響いた。それに幸村がアッと息を漏らす。地に落ちた兜を見て安堵の息をついた。
「兜が、月が折れてしまうかと思いましたぞ。何事もなくて良かったでござる」
「んなの、気にすんな」
言いながら、左手で髪を掻き上げてから左目を隠す。そのまま口を閉じた。
「政宗殿?」
名前を呼ぶが返事は無い。無理をしていたのだろう、すぐに眠りに付いたようだ。幸村は彼を起こさないよう、ゆっくりと歩き出す。
「月が見えなくなれば、夜は明るさを失う。俺は、夜でなくとも輝く月を見失いたくは無い」
誰に言うでもなく、幸村は小さく呟いた。真っ直ぐと前を見据え。
「・・・月を折るのは、俺だ。そして竜の肉を食むのもまた、俺であろう」
熱をもった眼差しで政宗を見つめ、口元を緩ませる。
「だが、今はその時ではない。時を待とうぞ」