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【腐dr】夢を見たいと願ったから②

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壊させないよう夢を見せる



「竜ヶ峰が好きだ。好きで、好きで、好きで、たまんねぇ」

愛おしそうに告げるその表情は柔らかなものだが、「でも・・・」と一瞬にして歪められる。

「どうしたらいいか分かんねえんだ」

彼らしくなく暗く澱んだ声音。
この男をここまで変えてしまうなんて、恋とは本当に恐ろしいものだ。

「このままじゃあ、いつかあいつを無茶苦茶にしちまいそうで、怖いんだ」

こんな気持ちは間違いだと思おうとした。
人との関わりに飢えている自分が、久しぶりの誰かとの関係を勘違いしただけだと納得しようとした。
なのに、どれだけ否定しても残るのは帝人の柔らかな笑みだけで、それだけで幸せな気分になれてしまう自分を誤魔化すこともできなかった。

優しい気持ちだけで彼を想えるなら、きっとこうまで悩まなかっただろう。
けれど、彼に対して感じる幸せな気持ちとは裏腹に、彼へと向ける想いにはどろどろの欲情も孕んでいる。
そんな自分も認めたくなかった。
今まで以上に普通でない自分など知りたくはなかった。
そして、そんな醜い情欲の果てに彼を傷つけてしまうかもしれない未来に恐怖した。
それは予感でなく、限りなく確信に近い予測だった。

否定して、拒絶して、諦めようとして、結局そのどれもできずに立ち竦むことしかできていないのが今の自分だ。




絶望と愛情と恐怖にぐちゃぐちゃになった感情を持て余して、ただ怖いと呟く静雄に新羅は僅かな哀れみと今まで感じたことのない親近感を感じた。

幸せなだけが恋ではないと新羅は知っている。 
自分こそ愛する人を手に入れるために、愛する人を裏切るであろう嘘を吐き続けた経験がある。
今でこそ何十年も想い続けた彼女と恋人になれたが、二律背反するような複雑怪奇な感情も止めようのない衝動も離れてしまうかもしれない未来への恐怖も誰より分かるつもりだ。

「恋の病はお医者様でも草津の湯でも治せないとはよく言ったものだね。僕がいったいどれほどの助けになるかは分からないけど、話を聞くのは吝かではないよ」

謡うように告げる新羅に静雄はどろりとした視線を向ける。

「要は溜め込むから暴走しそうになるんだよ。僕だって溢れんばかりのセルティへの想いに蓋をするなんてできないから言葉で態度で行動全てで捧げているんだし。え?僕のことはいいって?ああそうだね。えーとつまりは性欲が溜まって暴発する前に発散すればいいんだよ」

「発散?」

「風俗に行くとか」

「ざけんな」

静雄からの返答は1秒も待たずに返された。
こめかみにビシリと血管が浮き、両手にギシッと力が篭る。
このまま新羅の首をキュッと絞めても許される気がしている静雄だ。

「いやいや俺は本気だって。君が俺にそんな相談するってことは相当切羽詰まっているんだろう?」

言い当てられ、思わず押し黙る。
本来なら相談すべき事柄でも相手でもない。
7つ年下の男子高校生を好き過ぎて強姦しそうだなどと口にして言おうものなら、普通はその場で警察に通報されている。
2人の共通の友人であるセルティなら大鎌を振るって追い掛け回すだろうか。

そして静雄は今まで何らかの相談をする相手に小学校からの腐れ縁の闇医者である新羅を選ぶことは滅多になかった。
冷静な大人の意見を望むなら仕事の上司であるトムに、親身に話を聞いてもらいたいならセルティに。
だが、さすがに静雄も己が抱える問題を彼らにするべきではないと分かっている。
かといって一人で考えるのにも煮詰まり過ぎてそろそろ焦げ付きそうだった。
ならば誰に、と考えたところで、そこで選択肢を選べるほど静雄の交友関係は広くない。
諸々のことからこうしてセルティが運び屋の仕事で出ていることを確認した上で新羅のマンションにやってきたわけだが、これが正しい選択だったのか静雄は早くも後悔し始めていた。
客観的な意見といえば聞こえはいいが、要はこの男、恋人であるセルティ以外の9割方はどうでもいいのだろう。
だからこそ静雄の犯罪紛いな相談にも普通に対応してくるのだろうが。

「・・・駄目だったんだよ」

「え?」

「あいつじゃねぇって思うだけでその気になんかなれなかったんだよ」

「君って今時、随分と一途だよねぇ」

二十年間たった一人を愛し続けた男に言われてもな、と静雄は思うが、問題はそこではない。



「仕方ないなぁ。幼なじみとして、君がセルティの友人として一肌脱ごうじゃないか」

まるで舞台のようなオーバーリアクションで差し出された小瓶。

「なんだこれ?」

「催夢剤だね」

「は?」

「睡眠薬といった方が分かり易いかな。これで帝人君を眠らせて思いを遂げるといいよ!」

「死ね!!!!つーか犯罪じゃねぇかっ!!」

こんな奴に相談するんじゃなかったと静雄は本気で後悔した。
後押しどころか思い切り犯罪行為を唆す友人(仮)に自分の交友関係を見つめ直したくなる。
ギリギリと新羅の襟首を締め上げながら、静雄は深い溜め息を吐いた。

「新羅よぉ、俺はな、竜ヶ峰を傷つけたくねぇからお前に相談してんだよ。誰も背中を突き飛ばせなんて言ってねぇ」

しかも突き飛ばした先は奈落でしかない。

「それじゃあ帝人君に告白でもするかい?」

何故その案が睡眠薬の後に出てくるのか、改めて新羅の変態具合を再確認した静雄だったがそれを突っ込むほどの余裕もない。

「俺なんかが、告白なんて、できる訳ねぇだろ・・・」

男が同じ男に想いを告げたところでそれが叶うなど、どれほどの可能性だろう。
唯でさえ自分の異常性は誰よりも知っている。それなのに夢を見れるほど静雄は楽観的でも夢見がちでもない。
それに、自分が抱える問題は告白して振られて、それで片付くというものでもない。
寧ろそれで自分のどこか(主に理性)がキレて何かしでかしでもしたらと思うと恐怖しか湧かない。

「あれも駄目これも駄目かい。君は一体どうしたいんだい?俺にどうしてほしいのか分からないよ」

「俺もどうしたらいいか分かんねえんだよ!」

冷静な新羅にさえイラついて静雄は怒鳴る。
どうすればいいかなんて、そんなの自分の方こそ教えてほしい。

壊してしまいそうで怖いんだ。
こんな自分を愛して欲しいなんて思えるはずもない。
ただただあいつを。

「傷つけたくない」

うっかりすると泣いてしまいそうな気がして静雄は俯いた。
今でも十分情けないが、これ以上醜態を曝したくもなかった。






はぁっ。とあからさまな溜め息を吐かれ、静雄はどこか力ないまま新羅を睨みつける。

「風俗は無理。告白をする気もない。とりあえず君の望みは現状維持な訳だ。分かってると思うけど、このままじゃあ遅かれ早かれ爆発するのは目に見えてるよ」

「・・・分かってる」

自分が我慢するということを止めて久しい。
今正気を失っていないのもいっそ奇跡的と言ってもいい。

「ほら」

もう一度差し出された小瓶を突っ返す気力もなく受け取る。

「これはね、普通の睡眠薬とは違うんだ。常習性もないし、後に残ることもない。それにこれはただ眠らせるだけじゃない。これは夢を見せるんだ」