二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

「何かが起こりそうな夜は祈りを捧げて目を閉じなよ」(1)

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
「月、すげえ光ってんなあ」
「もう少ししたら満月だな。あと一週間くらいか?」
「綺麗だねえ」
 頷いて空を見上げながら、八左ヱ門、兵助、勘右衛門と並んで歩く。寮から少し歩いた場所にあるコンビニを出て、戻っている途中だ。外灯が多少の足しにしかならないほど明るい月明かりだ。夏の暑さも最近は落ち着きを取り戻して、夜はすうっと冷えている。
 時刻は日付を越えた辺りだろう。寮に消灯時間を過ぎての外出の禁止の規則はあるが、誰も守っていないのだから、あってないようなものだ。ここで暮らすうちに、意味をなさない低いフェンスを静かに乗り越える術を身に付ける奴もいれば、裏口から抜ける何らかの方法を編み出し、朝まで帰って来ない奴もいる。そこまでくると、もう規則は節度を守らせる為のものでなく、生徒にある種の成長を自覚させる為のものであるかのように錯覚する。年頃の男子が得てしてそういうものであると断言するように。
 だから大きく他の規則から外れたことのない雷蔵も、その錯覚に甘えて、夜はそれなりに外に出ている。といっても最近は試験や委員会活動に追われて忙しくて疲れて控えていたので、今日のこれは久しぶりだった。夜は空気が綺麗で好きだった。夜風が気持ち良くて、歩いているというのに少し微睡む。八左ヱ門たちに呼ばれ、風呂に入った後ですぐに出てきたからだろうか。上着を羽織ってきてはいるが、帰ったら早めに寝てしまおう。もちろん、この手元の袋の中のものを冷凍庫へ保存してから。
「そーいや結局、今日も三郎は留守番か」
 兵助のいつも通りの声が言い、八左ヱ門と勘右衛門も横から顔を覗かせる。
「具合でも悪かったのか?」
「最近ずっとこうだよね、大丈夫かなあ」
「うーん、気にしなくて大丈夫だよ。ほら、三郎ってたまにああいうところあるでしょ」
 文字通り気分屋な部分がさ、今日もそういう感じ。雷蔵がそう言うと、3人は確かに! と冗談めいて笑って、違う話題に興じ始めた。隣のクラスの、名から顔も浮かばない生徒の失恋の話だった。彼女にこっぴどくふられたが、本人はそれ相応の事を彼女にしていた、例えば浮気とか、そんな話だ。いつもそうするように、他人事を話の種に、帰り道の気持ちの良い空気を浪費した。


 廊下で3人と別れると、雷蔵はキーをジャージのポケットから取り出しドアを開け、中に入ると鍵を掛けた。上下2つあるうちの上ひとつは壊れていて外からはキーを使っても開けられないので、こっちを掛けておけば、チェーンを使う必要もない。
「ただいま、三郎」
 返事はない。聞こえなかったのだろうと思い、靴を脱ぎ部屋に入ると、そこからすぐ見える2段ベッドの下で三郎は、雷蔵が出掛ける前の踞ったような体勢を変えずに寝転んでいた。電気は付けっぱなし。体ごと顔も壁に向けていて、表情は見えない。乱れることなく呼吸をしているのが微かに聞こえるだけだった。
 ひとまず上着を脱ぐと、コンビニで買ってきたものを冷蔵庫へ入れた。ブリンだのアイスだの菓子だの、半分は自分の分、もう半分は三郎の好みに沿ったものだ。雷蔵の分は迷い過ぎた挙句八左ヱ門が決めてカゴに入れたものが殆どだったが、三郎の分は全部雷蔵が選んだ。好みをよく知っていたからだ。三郎は気に入ったものだけを繰り返し食べるし冒険をしないうえに、するのは雷蔵が勧めたときだけだった。
 雷蔵は自分と三郎の分のプリンとスプーンを持って台所から戻ってきて、三郎、と名を呼んでみる。黙ったままだ。仕方なくとりあえずベッドの淵に座り、自分の分のプリンの蓋を開けた。眠っているのかと一瞬思ったが、それは絶対ないことだった。三郎は仮眠を取らないし中途半端な時間にも寝ない(そうまでして眠らなくても平気なタイプだと以前自分から言っていた)、そして、連絡がない限りは雷蔵が帰って来るまでは絶対に眠らない。先に寝てていいと言ってもだ。
「起きてるんでしょ。どうしたの」
 三郎は何も言わない。何も言わないということは何かあったということなのだけど、「何でもない」の一言も言えない。いつもそうだ。鋭利な言葉で肝心なことを隠したがるのに嘘も吐けなくて、そのせいで敵は多い。損な性格なのだ。手先の器用さは内面のそれとは必ずしも伴わないのだと雷蔵は、彼のこういう面を見る度に知る。
 どうしたのかと尋ねた手前、他の話題を出すのも気が引けて、雷蔵はプリンをスプーンで掬って食べた。美味しいなあ、とぼんやり考えていると、痺れを切らしたのか話す気になったのか、三郎が沈黙を破った。
「夢を見たんだ」
「ふうん、どんな?」
「嫌に断片的」
「それは気持ちが悪いね」
「それに」
「うん?」
 三郎の言葉も今日は嫌に断片的で、表現を慎重に選んでいるのが分かった。いつもなら意味から辞書を引いたように的確な言葉がぽんぽんと出てくるのに、今日のこの様子は、それほどに形容し難い場面の連続だったのか、それとも、それほどに動揺しているのか。
「夢なのに、まるで、昔見た光景の様な気がするんだよ」
 きっと、後者だ。
 ───舗装されていない道、無法同然の林、山中奥の奥に佇む学校のように見える旧式の建築、そしてその中で笑い合う、特殊な装束を着た子供たちと大人たち。
 ───今じゃ絶対にありえない風景なのに、それを知っている、見たことがある気がするんだ。そんなことが、あるとでも言うのか?
 絞り出すように言う三郎のその声色はまるで、トラウマを告白するかのような。
 彼の今まで力なく放り出されていた手は、蛍光灯の光すら拒むかのように彼の顔に添えられた。
「三郎」
「………」
 三郎は肝心なことの多くを語らないし、それだって今日のこれは語った方だ。それは恐らく相手が長年ルームメイトの自分だけだからで、しかしこれ以上待っていてももう喋ることはないだろうし、自分にもうまく切り返せるだけの言葉が、今は浮かばない。こんなに動揺している三郎を見たことは、今まで一度もない。
 これ以上話をさせるのは、駄目だ。雷蔵は勘付いたと同時に、口を開いた。
「早く寝よう。明日も学校だからさ、ね、三郎」
「……ああ」
 会話を終え、何故だか手持ち無沙汰な気分で、雷蔵はプリンの空き容器を片付け(三郎の分は冷蔵庫へ戻した)、そのままいつもはしない明日の準備(いつもなら朝起きてからしている)をしてしまい、何とも切り替わらない気持ちのまま、2段ベッドの上段に寝転んだ。読み残していた本が枕元にあったので読んでから寝ようかと一瞬迷ったが、それよりも三郎が気になった。起き上がり、ベッドの淵から下段を覗いてみると、三郎は手を組んで頭の下にして仰向けになっていて、それでも目はぼんやり開いていて、何処を見ているのか分からなかった。或いは、見ているものは問題ではないにせよ、だ。
 すると自分の目線に気付いたのか、三郎とハタリと目が合う。彼があまりにばつの悪そうな顔をしていたので、思わず早くお休み、なんて言葉で微笑んでしまった。三郎が「……ああ、お休み」と返事をする声が、微かに聞こえた。