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セオリー(短編集)

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セオリー



 初恋の相手、従兄は金魚掬いが上手かった。中学生まで毎年夏休み泊まりにやってきた彼は及川にねだられ何匹もの金魚を掬ってくれたものだった。
 金魚は無論縁が独特の広がりを見せる専用の硝子鉢に飾る。所狭しと泳ぎまわる彼らを従兄と並んで眺める時間は至福だったが、長くは続かなかった。
 その従兄が帰ってしまえば、及川の金魚熱はたちどころに消えていく。金魚鉢に近付くことすら滅多になくなり、ましてや日々の餌やりなどは続けるわけがない。掃除だけは見兼ねた母親が行なってくれたものの、結局、毎年の8月31日に宿題の絵日記を埋める段になってやっと金魚の存在を思い出した及川は悲鳴を上げることになる。
 ゆうに10匹以上存在していた金魚が、最後には2、3匹になってしまう。これがきっかけで、及川は「共食い」という言葉を覚えた。
 ところで、及川はこの言葉に対して比喩的なイメージも持っている。彼女のついこの間まで通っていた女子高に纏る話だ。
 周りに他の対象がいなければ欲が身近な場所に向かうのは当たり前である。及川の場合は教師に憧れが向き結果的に年上の男性好み(友人たちは単に「おやじ」と言った)になってしまったが、クラスメイトの中で身の回りの少女同士が恋を囁き合うことは少なくなかった。それを奇しくも「共食い」と皮肉を込めて呼んだのは誰だったろうか。
 ただ、自分とは縁のない話だと思っていた。本当のことを言えば顔を寄せあい何か重大なことでも話すかのように「好き」を囁き合う彼女たちが少々気持ち悪かった。
 でも今なら分かる。
 気持ち悪かったのは、同性を好きになることではない。軽々しく恋を乗せる唇だったのだ、と。


*


「葉月ちゃん何考えてる」
 と武藤が言った。
「……別に、何も」
「あのね、私その言葉が嫌いなの」
 ため息を吐いて言われ、及川は意外な思いをした。むしろ長谷川遥のものに近い考え方だと思った。だが直ぐに自分の思い違いだと気が付く。嫌い、という割に武藤の頬はおかしそうに歪んでいた。
「何も考えていないのなら、私のことを考えて欲しいな」
「――武藤さんは、何が嫌いですか」
「嫌いなもの?それはあんまないなぁ」
 今度は予想通りの言葉が返ってくる。気付かれるようにわざと音に出してくすくす笑ってみた。武藤もくすくす笑っている。そうしながら、何気ない風を装って右手の指を及川の左手に絡ませてくる。
 及川は発酵蔵で過ごしたあの一夜を忘れてはいない。忘れていないので、こんな風に少し突っ込んだスキンシップが出来た。
(ミス農大、か)
 武藤はまだ無邪気にえへえへ笑っている。
「葉月ちゃーん、なんでこっち見てるの?」
 初恋の人を思い出す。ついでに好みの男の顔も浮かべてみる。無論、武藤とは似ても似つかない。
 でも、不思議と許容出来そうな気がした。結城の話に自分を棚に上げて騒いでしまった及川だったが、よくよく考えれば自分のほうが余程おかしい。年上の女と一夜を過ごした上で、まだその相手にどこかこだわっている。
「葉月ちゃんってば」
 酷く甘く聞こえる彼女の声。長谷川とはまた違った意味で美人過ぎて近寄り難く見えるときもあるが、今は――殆どいつもアルコールのせいで頬が無邪気に緩み、目元は赤く染まっていた。
「私が武藤さんを見てるのは、武藤さんのことが嫌い」
 武藤が息を呑む。
「の反対の反対の反対の反対の反対の反対の反対だからです」
 暫く目をしばたたかせたのち、彼女は自分とは反対側を向いて指折り数えはじめた。酔っているせいもあるだろうが、こんなときのセオリーが分からないものらしい。だから及川はじっと、彼女が振り返るのを待っていた。ふたつ上の先輩の後ろ姿はひたすらに可愛らしく、いじらしいものだった。



作品名:セオリー(短編集) 作家名:しもてぃ