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【コナン*パラレル】 夏の暑さは、 【快新】

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夏が近付くにつれ濃くなる影を見ながら誰も居ない廊下を
黒羽快斗は一人歩いて保健室へと向かう。

室内に入れば相変わらずの人気の無さで、すらりと高い背をピンと伸ばして
文庫本を読んでいる保険医と目が合った。

(仕事しろよな、不良保険医)

思ってはいても口には出さずに、代わりに挨拶代わりの台詞を今日も繰り返す。

「伊角さ~ん…寝かせてー」
「こら、黒羽。先生と呼びなさい」

伊角さんと呼ばれた男は文庫から目を離さずに、形ばかりの軽い小言を返した。
何度言われても入学して半年の間に慣れてしまった呼びを改めようとしない快斗は、
同じように本心から咎める気のない保険医にへら、と笑いながら
指定席になりつつある窓際のベッドに横になる。

高校一年の半ば、つまり伊角が保険医に就任して以来、毎日のように放課後、時には
授業中であっても繰り返されるその会話に既に慣れてしまった。
そして次に来る言葉も、もはや決まり事のようで毎日繰り返される会話は
いっそ録音のように変化が無い。
けれどそれが口先だけの言葉に聞こえないのはこの男の
一見穏やかで誠実な顔立ちの所為だろうか。

「……部屋、変えてやろうか?」
「や、いい」

伊角の言う部屋とは寮の部屋割りの事だ。
高等部の保険医兼、寮の管理人を務める彼には寮内のことならばどうとでもなる。
それはわかっているが、けれど快斗は頷かなかった。

確かに、入学以来の慢性的な寝不足はルームメイトが原因だが、その原因と離れれば
不眠症は解消できても次はストレスで胃がやられるという自信がある。
心配されているのだろうが、こればかりは譲れない。
何よりストレス原因に、感づかれる危険性は出来るだけ避けたいのだ。
幼い頃から、変なところで鋭い彼に。

「俺が、変なんだし」
「……そうやって自分を追い込むのは止めなさい」

溜め息と共に落ち着いた声音で諭され、毎度毎度律儀なことだと苦笑する。
そして、んー、と声にならない返事をして真っ白な枕に鼻を埋めた。

(あー…いー匂い。伊角さんってほんと乙女なこと良く知ってるよなぁ)

ふわりと柔らかなカモミールの香りが鼻腔をくすぐり次第に浅い眠りにつく。
きつ過ぎない、寧ろ鼻の利く性質である快斗でさえ、注意深く探らなければ
わからない程度のその香りに少しだけ救われる。
幼馴染で、己の半身である彼に向けるには暗く淫猥な欲望を抱いてしまう罪悪感から、
ほんの少しだけ。

整ってはいるが特出した美形ではなく、冷たくは無いが情熱的でもない、
平均より飛びぬけた長身でありながら地味な、
けれどどこか凛とした空気を持つ保険医は優しい。
しかしそれは一線を引いた優しさだ。
誰もを平等に優しく扱う彼は、誰も特別に感じることが無いと言うことだろう。
だから必要以上に干渉はしないのだ。

いつだったかそう指摘したら、案外さらりとそうだよ、と肯定した。
本人も自覚していた事なのだろう、焦りも驚きも見せず、
ただ軽薄な笑みを浮かべた彼に快斗は思わず笑ってしまった。

知れば知るほど、彼は冷たく酷い人間だとわかっているのに、
それでも快斗は気が付けばこの部屋へとやってきて伊角の優しさに縋ってしまう。

救われたいと願っているわけじゃないから、寄りかかるだけの優しさがいい。

痛みを忘れたいわけじゃないから、
自身の汚さを自覚しているから、
突き放した態度が心地いい。

肯定も、否定もいらない。

癒しも罰もいらない。


何もかもわかっていて、それでも捨てられない感情を抱く快斗にとって、
伊角の存在は都合が良かったのだ。