俺が君に恋した理由
折原臨也、という少年は、人間が大嫌いだった。
何故かと言われれば理由なんてものは様々だ。
彼の父親と母親は利害の一致というやつで結婚した間柄だったため、そこに『愛』なんていう美しい物は存在せず、それゆえに離婚することも無かった。
けれど母親は女で父親は男だった。彼らの中に愛は無かったが人間だれしも性欲とうものは持つ。
つまり、何の拍子かはたまた間違いか、神の悪戯か、折原臨也は彼らの元に生れ出た。
だけど生むはずの無い子供だったため愛情というものは貰えなかった。しかし世間体を気にする彼らは臨也を放置することも無かった。
臨也にとってこの世界の人間というものはなんとも奇妙奇天烈摩訶不思議なものに思えた。
上辺だけの両親、上辺だけの家族、何もかも嘘っぱちな言葉、態度、嘘に塗り固められた世界だったため、逆に臨也は嘘がつけなかった。
その代わり、都合が悪くなると黙った。余計なことは言わない方が良い。
喋れば喋るほど、人間は嘘をつく生き物だと知っていた。
「まぁ、そうですの。」
母親はわざとらしく口元を押さえ大げさに驚いて見せる。
目を細め、若干悲しそうな目元を作る。
担任の男は美しい臨也の母親のその表情に胸打たれ、さらに熱く語った。
「ええ、臨也くんは大変優秀で運動神経も抜群ですが…あまり、クラスに馴染めていないようなんです。」
「そんな、臨也が?」
母親はショックに打ちひしがれたように臨也を見る。
しかし、臨也は思った。名前なんか家じゃ呼ばれたことも無い。
「もちろん僕の責任もあると思います。」
いや、そんなものはない。
臨也は心の中ですぐに否定する。
「いいえ、担任の先生にはいつもお世話になってますわ。…臨也は家でもあまり表情が無くて、私心配してましたの…。」
心配?
どの口がそんな殊勝なことを言うのだろう。
「きっと臨也くんは恥ずかしがり屋なんだね。」
担任が臨也を撫でた。
触らないでほしいと思ったが、今はそんなことを言うべきじゃないとわかっていた。
「どうしたら良いかしら…。」
「そうですね、ペットを飼ったり、ああ!最近流行りの『フレンロイド』などいかがですか?」
「『フレンロイド』って、あの?」
「はい、元々は病気で長期入院をする子や、少年院の子に『他者との関わり』を知ってもらうために造られたアンドロイドですが…。」
「…うちの子にも良いかしら?」
「ええ、もしよければ。先生、臨也くんの笑顔が見てみたいな!」
担任が母親に向けていた視線を臨也に変えて、にっこりと笑った。
心底どうでもいい、臨也はそう思った。
しかし、今思えば俺はこの時の担任の男にだけは深く深く感謝するべきかもしれない、そう思う。
「どーすんの?」
外行きようの表情を取った母親はさもめんどくさそうにそう言う。
「アンタがクラスに馴染めないせいであんな馬鹿面の男に説教されたのよ?」
苛立たしげに母親が言う。
「ペットなんて冗談じゃないわ、世話も面倒だし。」
「別に、いらない。」
「そーいうわけにもいかないじゃない、次またあの男に会ったら言われるわよ『その後、どうされたんですか?』ってね。何もしてないって知れたら私の株が下がるでしょ?」
「・・・。」
「仕方ないわね、そのわけわかんない『フレンロイド』っていうの見にいくわよ。」
母親はため息をついて速足で進む。
俺は小さな脚を小刻みに動かして母親の後を追った。
いつだって俺に決定権はない。だから何かを望んだことも無かった。
『フレンロイド』を売る店には眼鏡をかけた白衣の男が居た。
研究者のように見える。
「やぁやぁ、何をお探しで?」
気軽に声をかけてきた店員に、母親は微笑む。
「うちの子がクラスに馴染めないみたいで…。」
「おやぁ〜、それはいけないね。うちにはいろんなタイプのフレンロイドが居るからね!その子にピッタリなのが見つかると思うよ?」
「まぁ、そうかしら。ねぇ、臨也、どの子が良い?」
俺の前には俺と同じくらいの年齢のフレンロイドがズラリと並べられた。
いかにも普通に見える少年から、何故か金髪にサングラスをかけた少年まで様々なものがある。
今まで何かを選択したことのない俺には決められない。けれど決めなければまた母親の小言が飛ぶだろう。
決めてもやはり文句を言われるのだろうけど。
「あれ、新羅さん?お客様ですか?」
店の奥からピョコンと少年が(とは言っても俺よりは年上だと思う)顔を出す。
「そうだよー、あ、お茶淹れてよミカドくん。」
「はい、わかりました。」
俺はそんなやりとりを目の端に捉えながらまだ困っていた。
どれにしようか悩んでいたわけじゃない、最初からフレンロイドなんてものはいらない。
どうしようか。
「お茶です。」
さっき顔を出した少年が、お茶を持ってやってきた。
幼く見えたが、意外と大人と変わらない背丈をしていた。
「っあ!」
ツンッとその少年は何かにつっかかる。しかし当然そこには何もない。
お盆に乗せられた湯気の立つ熱いお茶が宙を飛ぶ。そして、
母親の頭にふりかかった。
「きあああああ!」
母親は悲鳴をあげた。外行き用の声色も忘れ、まるで魔女が最期の時を苦しむような悲鳴だった。
「わー!すいません!!」
店員と少年が大慌てで水をもってきたりタオルを持ってきたりとてんやわんやと動く。
「何すんのよ!!このくそガキ!!」
母親は少年の頭を思いっきり叩く。
「あ。」
その時店員の声が聞こえたのは、おそらく俺だけだろう。
ガツンッッッと、余韻の残る音がして、痛みに呻いたのは母親のほうだった。
何故かと言われれば理由なんてものは様々だ。
彼の父親と母親は利害の一致というやつで結婚した間柄だったため、そこに『愛』なんていう美しい物は存在せず、それゆえに離婚することも無かった。
けれど母親は女で父親は男だった。彼らの中に愛は無かったが人間だれしも性欲とうものは持つ。
つまり、何の拍子かはたまた間違いか、神の悪戯か、折原臨也は彼らの元に生れ出た。
だけど生むはずの無い子供だったため愛情というものは貰えなかった。しかし世間体を気にする彼らは臨也を放置することも無かった。
臨也にとってこの世界の人間というものはなんとも奇妙奇天烈摩訶不思議なものに思えた。
上辺だけの両親、上辺だけの家族、何もかも嘘っぱちな言葉、態度、嘘に塗り固められた世界だったため、逆に臨也は嘘がつけなかった。
その代わり、都合が悪くなると黙った。余計なことは言わない方が良い。
喋れば喋るほど、人間は嘘をつく生き物だと知っていた。
「まぁ、そうですの。」
母親はわざとらしく口元を押さえ大げさに驚いて見せる。
目を細め、若干悲しそうな目元を作る。
担任の男は美しい臨也の母親のその表情に胸打たれ、さらに熱く語った。
「ええ、臨也くんは大変優秀で運動神経も抜群ですが…あまり、クラスに馴染めていないようなんです。」
「そんな、臨也が?」
母親はショックに打ちひしがれたように臨也を見る。
しかし、臨也は思った。名前なんか家じゃ呼ばれたことも無い。
「もちろん僕の責任もあると思います。」
いや、そんなものはない。
臨也は心の中ですぐに否定する。
「いいえ、担任の先生にはいつもお世話になってますわ。…臨也は家でもあまり表情が無くて、私心配してましたの…。」
心配?
どの口がそんな殊勝なことを言うのだろう。
「きっと臨也くんは恥ずかしがり屋なんだね。」
担任が臨也を撫でた。
触らないでほしいと思ったが、今はそんなことを言うべきじゃないとわかっていた。
「どうしたら良いかしら…。」
「そうですね、ペットを飼ったり、ああ!最近流行りの『フレンロイド』などいかがですか?」
「『フレンロイド』って、あの?」
「はい、元々は病気で長期入院をする子や、少年院の子に『他者との関わり』を知ってもらうために造られたアンドロイドですが…。」
「…うちの子にも良いかしら?」
「ええ、もしよければ。先生、臨也くんの笑顔が見てみたいな!」
担任が母親に向けていた視線を臨也に変えて、にっこりと笑った。
心底どうでもいい、臨也はそう思った。
しかし、今思えば俺はこの時の担任の男にだけは深く深く感謝するべきかもしれない、そう思う。
「どーすんの?」
外行きようの表情を取った母親はさもめんどくさそうにそう言う。
「アンタがクラスに馴染めないせいであんな馬鹿面の男に説教されたのよ?」
苛立たしげに母親が言う。
「ペットなんて冗談じゃないわ、世話も面倒だし。」
「別に、いらない。」
「そーいうわけにもいかないじゃない、次またあの男に会ったら言われるわよ『その後、どうされたんですか?』ってね。何もしてないって知れたら私の株が下がるでしょ?」
「・・・。」
「仕方ないわね、そのわけわかんない『フレンロイド』っていうの見にいくわよ。」
母親はため息をついて速足で進む。
俺は小さな脚を小刻みに動かして母親の後を追った。
いつだって俺に決定権はない。だから何かを望んだことも無かった。
『フレンロイド』を売る店には眼鏡をかけた白衣の男が居た。
研究者のように見える。
「やぁやぁ、何をお探しで?」
気軽に声をかけてきた店員に、母親は微笑む。
「うちの子がクラスに馴染めないみたいで…。」
「おやぁ〜、それはいけないね。うちにはいろんなタイプのフレンロイドが居るからね!その子にピッタリなのが見つかると思うよ?」
「まぁ、そうかしら。ねぇ、臨也、どの子が良い?」
俺の前には俺と同じくらいの年齢のフレンロイドがズラリと並べられた。
いかにも普通に見える少年から、何故か金髪にサングラスをかけた少年まで様々なものがある。
今まで何かを選択したことのない俺には決められない。けれど決めなければまた母親の小言が飛ぶだろう。
決めてもやはり文句を言われるのだろうけど。
「あれ、新羅さん?お客様ですか?」
店の奥からピョコンと少年が(とは言っても俺よりは年上だと思う)顔を出す。
「そうだよー、あ、お茶淹れてよミカドくん。」
「はい、わかりました。」
俺はそんなやりとりを目の端に捉えながらまだ困っていた。
どれにしようか悩んでいたわけじゃない、最初からフレンロイドなんてものはいらない。
どうしようか。
「お茶です。」
さっき顔を出した少年が、お茶を持ってやってきた。
幼く見えたが、意外と大人と変わらない背丈をしていた。
「っあ!」
ツンッとその少年は何かにつっかかる。しかし当然そこには何もない。
お盆に乗せられた湯気の立つ熱いお茶が宙を飛ぶ。そして、
母親の頭にふりかかった。
「きあああああ!」
母親は悲鳴をあげた。外行き用の声色も忘れ、まるで魔女が最期の時を苦しむような悲鳴だった。
「わー!すいません!!」
店員と少年が大慌てで水をもってきたりタオルを持ってきたりとてんやわんやと動く。
「何すんのよ!!このくそガキ!!」
母親は少年の頭を思いっきり叩く。
「あ。」
その時店員の声が聞こえたのは、おそらく俺だけだろう。
ガツンッッッと、余韻の残る音がして、痛みに呻いたのは母親のほうだった。