お前にしがみ付きたい
なんなんだ、この展開は。俺はつい何分か前まで幸せの真っ最中で、柳生を見て、柳生がいて、幸せで、柳生と座っていて、おかしなことに、別れようというセリフを準備している柳生に向かって次のデートはどうするかなんて馬鹿なことをたずねていて、俺は幸せだったけれど、一人だけで幸せで、
「柳生」
柳生柳生柳生柳生俺お前がもうされたくないって分かってるのにお前にしがみつきたくて嫌だって好きだって捨てないでってなんでって言って大声で泣き喚きたくて仕方ない。
けれど、そんなことはできなくて、俺は二人がけの小さなテーブルに一人、
頭を抱えて泣きじゃくる。
ということが、あったら面白いのになあ、と思う。
俺はぼんやり思う。
お前と別れるとき、そんなふうになったら面白いのに。
どうせなら、俺がお前を好きな間に、お前のほうからふってほしい。
お前が好きで好きで仕方ないけれど、できたらこういう遊びを何回も繰り返して、何回も俺を捨ててほしい。俺はそのたびに追っかけて、懇願と同情を最大限に活用してまた関係を再開する。
柳生もっと遊ぼう、できるだけお互いを傷つけあうやり方で。お前ならできると思うんだ。
だって俺こんなに人を好きになったのははじめてだから、
お前になら何回捨てられても何回でも真剣に泣けると思う。
お前になら飽きないと思うんだ。多分、今までのやつらよりもうしばらくは。
「なあ柳生」
「なんですか?」
現実の柳生はとても冷静で穏やかだ。俺は柳生が本気で声を荒げるのを見たことがない。
なぜ俺はこんな相手を好きになったのか?
まったく自分でもわからない。今までの相手とは違いすぎる。
「お前、俺が別れたいって言ったらどうする?」
「・・・・・・それは・・・困るし嫌ですけど・・・別れたいんですか?」
「ん?んーん」
「ならいいんですけど」
不思議そうな、不安そうな表情。
さよならごっこをしてほしいなんて、とてもじゃないけど言い出せない。
何回でも俺を捨てて、そしていつか俺が飽きて、もう追いかけなくなる日まで、俺のことを捨て続けてなんて。
作品名:お前にしがみ付きたい 作家名:もりなが