お前にしがみ付きたい
一秒が経過した今、俺は柳生が好きで、俺と柳生は恋人でなくなる話し合いのためにここに座っている。
と、いうこと、で、いいのか?
「柳生、ごめん、分からん、柳生、なんで」
あれ。
変だ。
俺は自分の顔の違和感に気づき、柳生のぎくりとした表情で自分が泣いていることに気づく。
「あ」
柳生を困らせたくなくて下を向く。手探りで紙ナプキンを探す。柳生は手伝ったりせずに座っている。
「ごめ、泣いたりして、違う、そうじゃなくて、大丈夫、柳生、俺、あれ、柳生、柳生」
ダメだ。泣くな。泣いたら変に思われる。他の客に変だと思われたら、柳生は気まずくなる、そしたら、帰ってしまうかもしれない。だから、泣くな。
柳生の名前を呼ぶな。
「柳生」
声だけでも平静を保て。
でも、柳生、なんで、いきなり、なんで、ここで、なんで、なんで、そんなこと、
柳生、
柳生、
「俺、お前のこと、好き」
何がいけなかった?
「・・・・・・すみません」
「そうじゃない!」
ダメだ。
声を荒げてしまった。俺は辺りを見回す。案の定、おおっぴらにこっちを見ている数人が目に入り、そうでなくてもこちらに聞き耳を立てている何人かがいるのが分かる。
俺は怯えながら柳生を見る。柳生はため息をつく。
「あなたも興奮しているようなので、今日はこれで。またあとでメールをしますし・・・あなたが望むなら、またこうして会って話し合いもします」
「そうじゃない、柳生」
違う、言ってくれればいいんだ。俺に、わかるように、言ってくれればいいんだ。
俺は手を伸ばす。
柳生はそれを避けて立ち上がる。
「やぎゅう」
ああ。もうダメだ。俺は声まで泣いてしまう。
もうダメだ。黙らなければ。他の客がますます面白がって、柳生は嫌がって、不愉快になって、もしかしたら俺を嫌ってしまう。
「やぎゅう、嘘って、言って」
最後に。
柳生が俺の横を通りすぎる瞬間、小さな声で、それだけを言う。
柳生は一瞬だけ立ち止まり、
「すみません」
とだけ残して歩き出す。
柳生。
俺は手を伸ばす。
届かない。
「柳生」
お前に嫌われるかもしれないお前に殴られるかもしれないお前に罵倒されるかもしれない、今さらそれが怖い。
怖くて、怖くて、俺は全ておしまいだと一方的に告げられてもお前に嫌われるのが怖くて一歩もここを動けない。
頭を抱えて泣きじゃくる。
作品名:お前にしがみ付きたい 作家名:もりなが