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シェルボに会いに

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 着替えと後片付け。これが、これまで僕と他の新体操部員の行動が重なる大まかなところだった。
 部活開始の準備は手伝わなかった。一人でやるには小マットでよかったし、フロアの使用も女子部から提供を受けることができた。
 大体にして、準備と称して活動時間にユニフォームの作製や手具の手入れをする意味がわからなかった。そんなもん別にもっと暇を見つけてやれ。一度「僕と同じメニューをしてみたらどうですか」と進言してみたことがある。一度だけだ。自分としてはそれなりに助言のつもりだったし、そこでもっと他に言い方があったのかもしれないだとか、そもそも先輩に対して後輩が口を挟むには気を使うべきなのだろうとか、そういった面倒な回りくどさを僕は持ち合わせていなかった。いや、そこでそれを完全に面倒なことと思う僕に、振り返るべき非もないとは言わないが。そのときの、キャプテンの、ちょっと苦いものを噛んだような、それを直隠して無理に飲み込もうとするかのような表情を僕は今でも覚えている。つまりあれが卑屈な表情というやつだ。
 僕と彼らは絶対に違う。
 新体操で僕は着々と結果も築き上げていたが、一般的な認知度がまったくないと言っていい男子新体操という競技で、他者の理解を得ようとするとき少々骨を折らなければならない。全日本ジュニアに出場した、それってどれほどの規模なの? 説明するならそこからだ。大会で授業を欠席するにも教師に不可思議なものでも見る顔付きをされた。僕はクラスで標準的な生徒だ。級友と笑い合うし、持ち回ってくれば役割を果たす。特別に目立つわけでもなければ暗くもない。クラスという集合体で、部活という集合体で、僕は集合体の居場所においてこれまであまり多くを喋るような機会もなかったように思う。
 金子先輩の口は、よく動くなあ。
「どうか誤解しないでほしいんですが別に特権乱用してほしいとかじゃなくそういうわけじゃなくでも火野くんなら可能かなって思いましてどうか無理なら無理でいいんですけど是非是非お願いしたくって」
「いったい何を言いたいんですか?」
 金子先輩に話しかけられた。が、さっぱり何を言いたいのかわけがわからない。なんなんだ。
 何やら僕に、頼みたいことがある、それは彼の様子から察せられた。なのに言いたいことの核心に触れないところを見ると、何やら言い出し難い内容のようだが、言いよどむよりも口数が増すとは。妙な感心をしてしまいそうな辺りで話を切らないと滾々とどこまでも続きそうだ。
「ええと、その、ですね」
「……アァーッ!! 小煩せぇなあさっきから! ウッゼんだよメガネザルがサルの分際で恥らってんじゃねえぞォ!」
 傍からも見かねたのかそれとも言葉のとおり金子先輩の回りくどさに苛立ったのか日暮里くんの横槍が入った。例によってド突き漫才が始まりそうなので、一先ず僕は着替えの続きを進行させることにする。やれやれだ。金子先輩の「まーたサルって呼びましたね!」と必死な様子で言い返す声に僕も聞いててぷっと噴出した。
 最近になって初めて袖を通した烏森高校男子新体操部ジャージを、取り出したハンガーに掛けてロッカーに吊るす。汗を吸った部分のピンクが濃くなった練習着を脱いで、これは洗濯に持ち帰るので畳んでバッグにしまった。
 一通り漫才を終えた金子先輩が僕に言ったことは、またも申し訳ないお願いかもしれませんがもしよければとか前振りが付いたけどそれは省いて、こうだ。
「シェルボの映像を持ってませんか?」
 もう着替えを終わらせていたベンチから「おう、なんだそのエルボーってのは?」とすっとぼけた東さんの言葉は軽く無視して僕は問い返した。その名前と、金子先輩はそういえば中学時代には器械体操をやっていたらしいと思い当たってすぐ繋がった。
「シェルボって、ビタリー・シェルボのことですか?」
 金子先輩はこくこくと頷く。
 またもベンチから今度は月森さんが「えー何それ何それ、もしかしてA・V・女・優?」とあまりに上品とは言いがたい茶々を入れた。僕も流石にジョークとして笑えないものを感じ月森さんうるさいですと冷笑を向けてしまおうかと思ったが、僕がそうするより早く金子先輩がまともに食ってかかった。
「あーッ! なんですか東くんはエルボーってそれじゃプロレスの技じゃないですかそして月森くんは下世話ですもうっ! 偉大なるオリンピックチャンピオンであり史上もっとも成功した体操選手の一人であるビタリー・シェルボと同列に語らないで頂きたいっ!」
 どんなに偉大でも彼らはそれと知らないのだから流してもいいのだが、金子先輩は拳を握って熱弁する。まあ、僕も同意権の心情であったけど。
「男子新体操って、オリンピックには出場ねえんじゃなかったのかよ?」
「新体操じゃなくて器械体操の話ですよ。ビタリー・シェルボというのは器械体操の昔の選手です」
 首を傾げる東さんに僕が説明すると、金子先輩がさらに後を続けた。
「すっごい選手なんですよっ。一回のオリンピックで6個の金メダルを獲得という偉業。ちなみに、全オリンピック種目で最多記録は男子競泳選手が8個、次いで7個というのがあり、現在歴代3位の記録です」
「なんで一回のオリンピックで、んなぼこぼこ何個も金メダル獲れんだ」
「個人総合と平行棒と鞍馬と吊り輪と跳馬と団体総合で6個です。それに、体操世界選手権でも金メダルをはじめ数多くのメダルを獲得。その演技は『会場の空気を変える』と称される、体操界の歴史に語り継がれるだろう偉大な名選手です」
 詳しい。
 金子先輩は新体操においても薀蓄とも言える知識が大量だが、器械体操をしていた時代は器械体操について知識を溜め込んでいたんだろうなあと思わせた。
「ぬわぁ~にが『称される』だオメー見たのかその眼鏡の奥に刻んだってのか」
 日暮里くんのツッコミに、金子先輩は「いや、その、僕たちが生まれた頃に活躍した選手ですから。動画でしか観たことなくて」と俯き加減に、僕の方を見た。
「それで、その、火野くんなら映像を持っているんじゃないかなって。もしよかったら、貸してほしいなと思いまして」
 ああ。金子先輩が散々言い出し難そうにしていた理由が、理解できた。
 僕に頼めば過去の器械体操の選手なり試合なりの映像を所有しているかもしれないと、僕なら、元体操選手という父がいるのだから。
「金子ずるい」
 ぱたん、とロッカーの扉を閉めた水沢先輩が会話に入ってきた。
「俺もシェルボ観たい。なあ火野、よかったら、もちろんあるならでいいんだけど、俺にも貸してくれないか」
 そう言えば水沢先輩も元々は器械体操出身だったらしいと思い出す。
 水沢先輩のしゃべり方は温和だ。金子先輩の四角四面な物言いを、柔らかく軟化させた。それは別に、元体操選手であった僕の父から特権や待遇を受けたいといったような意図なくただただ過去の名選手の演技をこの目で観たいだけなんだという単純なる希望をすとんと伝えるものだった。金子先輩もそれだけを言いたいのだと包み込んだような言い方だった。僕も馬鹿のつもりもないので、金子先輩だとて含みなどあるわけないと判るけど。回りくどいだけで。
「ありますよ」
作品名:シェルボに会いに 作家名:チャア