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平泉の悲喜交交

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部屋の片付けをしているつもりが、どうしてか一向に片付かない。
「はぁ………」
重く苦しい心そのままに、譲は、今日何度目かももうわからない溜息をついた。

一度は戦場となったこの平泉の地は、先頃ようやく鎌倉との和議が成立し、平穏を取り戻しつつあった。
そして滞っていた五行も正常に巡り、白龍が本来の力を行使できるようになるのも時間の問題で、元の世界に戻れる日も目前というこの状況の一体どこに嘆くことがあるのかと言えば。
「先輩…………」
そう、彼の心を乱す存在などこの世にただ一人。16年間片思いの相手であり、春夏秋冬年柄年中四六時中、想い続け見つめ続け尽くし続けた一つ年上の幼馴染、「先輩」こと春日望美その人である。
「先輩……この世界に残るだなんて、どうして……」
俯き、放心したように呟いた譲の手が、グッと握り締められ震え出す。寒さなどではない、怒り(というより最早憎悪)の感情が、その体を震わせていた。
「どうして、どうして俺じゃないんですか?!いや、もう億万歩譲って八葉の誰かならまだ分かる!!だけどよりによって、よりによってっ……泰衡さんだなんてッッ!!」
だんっ、と拳を床に叩きつけ、絶叫。

それは、今から数刻前――もうすぐ元の世界に帰れると分かった時の事。望美は全員の前で、こう宣言したのだ。
『私はこっちの世界に残ります。泰衡さんと、この平泉で生きていきたいから!!』
と、それはもういっそ漢前なくらい堂々と言い放った。薄々気づいていた者も何人かいた様だったが、そうでない者にとってはまさに青天の霹靂。更には、
『あ、秀衡さんにも認めてもらったので、これでも親公認のお付き合いになったんですよ!今度、日を選んで正式にご挨拶とか婚約発表とかする予定なんですww』
等と、ご丁寧に2発目まで投下する始末。
その宣言を聞かされた直後の状況を、朔は後に言葉少なくこう語ったという。

『色々と大変だったわ。そう、色々と………………ね(遠い目)』

まあそんな色々はさておき、その後どうにか気持ちを切り替えようと部屋の片付けなどしている譲だったが(家事に逃げる辺り根っからのお母さん体質が現れている)、混乱と動揺のせいでそう上手くいくはずもなく今に至る訳で。
「なぜ泰衡さんなんですか?!あんな黒くて無愛想で冷徹無情で出てくる度にBGMを『軍議』に変えてしまうような人の、どこが良いって言うんですか?!」
泰衡当人が聞いていたら確実に眉間の皺が3本は増えそうなセリフだったが、そんな事はお構いなしだ。

あの宣言を聞いた瞬間、譲は即座に弓を取って御所へ走り泰衡の眉間なり喉笛なりを撃ち抜いていまいたい今すぐ(from流星の弓矢となりて)と、どんなに思ったことだろうか。 それをしなかったのは、望美の、あの瞳を見てしまったから。

いつもそうだ。あの人が……先輩が何かを決断する時、その瞳は澄み切って、何よりも美しく輝くから。
本当に、酷い人だ。そんな表情を見てしまったら、もう何も言えなくなってしまうじゃないか。何も……できなくなってしまうじゃないか。

「昔からそうだったよな。綺麗で、純粋で、一途で……そして残酷なんだ、先輩は」
力無く笑って呟いた、その時―――――
「譲くーん!!入るよー?」
彼の苦悩の元凶である『残酷な人』こと望美が、いっそ気持ち良いほどの能天気さですぱぁんっと襖を開けて現れた。
「せっ先輩?!ど、どうしたんですか、俺に何か用でも?!」
「うん、ちょっと聞きたいことがあって探してたの。なんか絶叫とか呟きとか聞こえたから、居場所すぐに分かったよ」
(き、聞かれてたーーーーーっっ??!!)
先程の呟きを聞かれてしまったかと青くなったり赤くなったりしながら誤魔化そうとした譲に、望美はバッサリと答えた。衝撃の余りに譲、石化。
「あ、でも大丈夫だよ!何言ってたかとかは分からなかったからね?」
内容は聞かれていなくても、絶叫とか呟きを聞かれたというだけで十分イタい、イタ過ぎる。プライバシーを気遣ってくれているというよりは素で分かっていない彼女の無邪気さが、今はとても辛かった。
しかし望美に「聞きたいことがある」と言われたからには、答えずにはいられないのが譲の性分だ。
「そ、それで、俺に聞きたいことって何ですか?」
「うん、あのね……ちょっと、みんなのいる所では聞けなくて。本当は、今更こんな事聞くのっておかしいかなって思ったんだけど――でも、どうしてもこのままじゃ、知らないままじゃいられなくて……」
「え、先輩、それって……まさか」
先程までの能天気さはどこへやら、一転してシリアスモード、しかも何故か頬を赤く染めて口篭る望美の姿に、譲の胸に過ぎる淡い期待。
―――もしかして先輩は、こっちの世界に残る事をためらっている?いや、それどころかもしかして婚約とか後々の結婚のことすらためらっているのでは?!―――
淡い、淡過ぎる期待だった。けれど彼の中で「そんな旨い話ある訳がない!目を覚ませ!!」と主張する『理性・譲』を、「例え1%でも可能性があるのなら、俺はそれに賭けるッ!!」と魂の絶叫によって『感情・譲』が押し切った。その間僅かに0.5秒。淡い期待は今や、彼の中で大き過ぎる希望となってしまっていた。
「先輩ッ!!どんな事でも聞いて下さい、今の俺はどんな質問にだって答えてみせます!!いやそれどころか今まで言えなかった事の全てを曝け出しても構わないッッ!!」
「う、うん、ありがとう……?」
いつになくエキサイトした譲にたじろぐ望美だったが、要するに質問に答えてくれるということだと理解したので、
「えっと、それじゃ、聞くね?」
「はいッ!!」
「あのね、平泉の……岩手の名産品って、なんだったっけ?」

「――――――――――――――――――――――――――――――――名産品?」

「うん!これから私もここで生きていくんだから、何か役に立ちたいと思って!で、私の世界の平泉の名産品とか分かれば、きっとそれはこっちの世界でも名産になるんじゃないかと思ったんだ♪確か平泉って岩手の辺りだったよね?」
無邪気な笑顔だった。とことん無邪気な笑顔だった。そして、その瞳はどこまでも澄み切って美しかった。

「―――――――……………南部鉄器、岩谷堂箪笥、秀衡塗、前沢牛、江刺りんご、三陸わかめ、プラチナポーク、いわて短角牛です」
永遠とも思えるような、けれど束の間の沈黙の後、譲はそう答えた。多分この場に朔がいたら、いたたまれずに泣き伏してしまっていたであろうその状況に、けれど彼は耐えた。耐え抜いた。耐え抜いて、そして己の知識を総動員(Wiki○ediaより)して答えたのだった。
「うんうん、なるほど!あ、秀衡塗ってなぁに?」
「この地方の漆と金をふんだんに使った伝統工芸品で秀衡さんが始めたものとされています(棒読み)」
「へぇ〜、そうなんだ?わかった、ありがとね譲君!!ほんと譲君に聞いて良かったよ!!」
心底嬉しそうにお礼を言って、望美は軽い足取りで立ち去って行った。後に残された譲は、その後ろ姿を見つめながら薄れ行く意識の中で思っていた。
作品名:平泉の悲喜交交 作家名:藤屋千代子