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弟によるささやかな願望

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ボクの兄と、お隣に住む幼馴染みのロイさんには毎朝の日課がある。
それにはもうとっくの昔に慣れたとか言ってみるけど、慣れたんだけど……見たくもないって言うかなんて言うか……言葉にするのも嫌なんだけど、そろそろ学校行かないと遅刻って時間だし。ボクひとりだけ先に学校行けば兄さんたちは拗ねるから手に負えなくなるし。ああ嫌だ、だけど仕方がない。ロイさんは3年生で、兄さんは2年生。ボクは1年生なんてつまりヒエラルキーの底辺だ。兄弟関係幼馴染関係、先輩だとか後輩だとか。年功序列なんて明文化されていようとなかろうと一番年下が割を食うのは世の常だ。仕方がないから声をかける。でもあと2分待って出てこなかったらモンク言われようと何だろうと先行くよっ!
「にーさん、ロイさん、いーかげんにして。とっととサッサと学校行くよっ!!」
とりあえず、兄さんの部屋のドアをほんの少しだけ、開けて。その隙間から声を荒げてみる。ドアを全開にするとか部屋の中に入っていくとかはしたくない。それだけは絶対に嫌、だからねっ!
「あー、んだよ、もうそんな時間か、アル?」
ドアの向こうのほうからかったるそうな声を出したのは兄さんで、
「制服を着るから少々待ってくれないか?」
と、愛想の良い声はロイさんだ。
はいはいはいはい、ちゃんとシャツ着てネクタイも締めてくださいね。あ、ええと、ですね。ロイさんはちゃんと家出る時に制服着てから我が家に来ますよ。まあそれは当然でしょう。隣のお家とはいえ裸でここまで来ちゃったらワイセツ物陳列罪だ。ま、あの人は存在自体そうだともいえなくもないかもしれない……って話がずれた。仕方がないよね。毎朝の日課の、そんなことボクは深く考えたくないからすぐ思考がわざと別のほうへ行っちゃうんだからだ。あー、日課、なんだよねえ。問題なのは。そのせいで、ボクはおっそろしくて兄さんの部屋に入っていけないんだもん。その日課の真っ最中でなければボクも別に平気、かな?どうだろう?少なくともロイさんが居る時の兄さんの部屋は危険地帯として認定済だ。バイオハザードのマークでも付けておきたくなるんだよ。……べっつに生物兵器ってわけじゃないけどあの人。一応まっとうな人類だけど。いやいや、警戒するに越したことはない。肉体的に汚染されなくても、精神的なダメージは果てしないんだから。危険地帯なんかに自分から入っていくのは自殺行為。だから入らなきゃいいんだ、入らなきゃ。ドアのこちら側は安全地帯。こっちなら平気!だよね?ええと……平気っていうよりもう半ばあきらめかかっているというか、そう思い込まなきゃボクの神経なんかオカシクなりそうなだけなんだけどさ。ああもうこんな日課、辞めて欲しい。とか言ってもやめる気はないんだろうな二人とも。
ああ、そうだ。日課と言うのは……日課と言うのは……健全高校生にはある意味おっそろしいことなんだけど……というか口に出すのも恥ずかしいというか馬鹿馬鹿しいというか……。

ロイさんはわざわざ毎朝、登校前に兄さんの部屋に立ち寄って、その……兄さんの制服のシャツ肌蹴させて、首筋に口を寄せて……あああ、もう口に出すのも恥ずかしいけど、その首筋を吸いまくって、赤黒い痕を一つか二つか三つか知らないけど、付ける。ついでに兄さんの方もロイさんへと付け返す……。
制服のシャツの、そのぎりぎりの所を狙ったようにお互いにつける痕……。しかもそれ、わざとだし。
朝っぱらから何やってんの!ってこのボクが文句を言えば、「ヤってねえぜ?つけてるだけだ」「そうそう、マーキングのみしかしておらんよ。結婚するまでは清らかな身体でいてと、トリシャおばさんに言われているからな」という頭の痛い返答がすぐさま返ってくるんだけど。

……あのさ、おかしくない?にーさんたち……。

常識とかって単語、兄さんもロイさんも知ってる?ああ、知らないわけないよね。都内屈指の進学校、そのトップ校でも最優秀賞取っちゃうような頭脳の持ち主だもん。単語を知らないんじゃない。男同士で結婚なんかできないっていう常識、そのものがないんだよ、この二人……。
こんな二人に長年付き合って、よくもまあボクの方が真っ直ぐ育ったと思いたい。自分で自分を褒めたいよ、ホントに……。

振り返ってみればロイさんが小学校1年生の入学式。黒いランドセルを背負ったロイさんに、ウチの兄さんがキラキラの瞳で「かっこいー、ロイかっこいいなー」と言ったまでは良かったんだけど……、ロイさんは小学校へ、ボクと兄さんはいつもどおりに幼稚園へと行くというのを幼稚園児の兄さんが理解した瞬間、まさに兄さんは地獄に突き落とされたような顔になった。それから毎日、幼稚園をクビになるまで脱走の日々が続いたんだ。朝、「嫌だー、ロイと一緒のガッコ行くうううううううっ!」と泣き叫ぶ兄さんを何とか幼稚園に連れて行ったところで兄さんは幼稚園からの逃走を試みた。ちなみに成功率は3分の1。つまり三日に一回は脱走成功。そしてその逃亡先はもちろんロイさんの小学校だった。水色のスモック姿の幼稚園児は、そりゃあ小学校では目立ったことだろう。それでなくとも兄さんはきっと「ロイ――――――っ!どこだああああ」とか叫びながら小学校中を駆け巡ったに違いないのだから、あっという間に見つかって、通報されたらしい。母さんは兄さんを迎えに行く。母さんが迎えに行くまではロイさんが兄さんを保護するというか、まあ一緒に保健室で過ごしたらしい。
……兄さんが、小学校の入学するまでは毎日こんな感じで……。これ以上詳しいことはボクは知らないというより知りたくないから聞いてない。まあ母さんが時折漏らす昔話からするとその後もずっと大同小異の小学校生活を送ったらしい。ボクが小学校1年生としてその学校に通った時には既にロイさんと兄さんは「超」がつくくらいの有名人だった。……ああ、ストレートに言うならば問題児、だ。ロイさんが中学へ進級する時も大変だった。この国には飛び級なんて制度ないんだから、仕方がないって言うのに兄さんは学校長どころか教育委員会までくらいついた。すでにオレは小学校なんて卒業できるくらいの学力を有している。よってこれ以上初等教育なんて受けるのは時間の無駄だ。とっととさっさと中学へ進級させるように。と、そんな書状を各方面の学校関係者に突きつけた…らしい。が、当然認められるわけもない。ロイさんは中学1年生、兄さんは小学6年生。そんな恐怖の1年間を不承不承兄さんが過ごしたのは……「学校は別になるけどね、放課後はずっとエドと一緒に過ごすつもりだよ。それからね、ちゃんと小学校に通った日にはエドワードにご褒美もあげるから」そう、ロイさんに言われたからだ。関係者一同、ロイさんに感謝したのは言うまでもない。この辺りになってからはまあ、兄さんもある程度分別は付いたように思われるけど……。思われるけど……、分別と比例して独占欲という単語の、それはそれは恐ろしいものも大きく育ってしまったのだ。
作品名:弟によるささやかな願望 作家名:ノリヲ