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スプーン一杯分の嘘。

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いつもは、埃と青草の匂いのするグラウンドに、今日はなにやら香ばしい匂いが漂っていた。

「うー……目が痛ェ」
「手で擦ンなよ、今擦ったら自爆するぞ」
両目と鼻とを真っ赤に染めた男たちがぼろぼろと涙を流しながらTシャツの肩口で頬を拭いている。彼らの手の中にあるのは、今日は馴染んだサッカーボールではなく、なぜだかタマネギで。ぎゃあぎゃあ言いながらも、なんだかんだと食堂のおばちゃんたちにこき使われる男たちを見遣り、赤崎は己も手の中のジャガイモにピーラーを押し当てた。
いつも通りの達海の突拍子もない計画で、本日は急遽カレーパーティーになった。日頃お世話になっている、サポーターの方々に感謝の気持ちを、などと言いながらも、当の本人はなにをしているのか、さっきからにやにや笑いでいたりいなかったりと気ままなものだ。
「ホラ、早く手を動かせ。もうすぐ気の早い人はやってくるぞ」
考えごとをしている間に、ついつい手が止まっていたようだ。隣に立つ緑川が肘で赤崎の背中をぐいと押した。緑川もその手に包丁を握っているとは言え、乱暴な仕草に些かかちんときた赤崎の様子を察したのだろう、にっと片頬を上げ どうせお前さんはサポーターが来たら握手攻めにあって準備どころじゃなくなるだろうが、などと揶揄してくる。
「そんなこと……ないっスよ」
「いや、あるだろうよ。五輪代表サン」
「いや、サポーターさんに囲まれるンなら俺より王子か村越さんの方がよっぽど……」
気恥ずかしさを誤魔化すようにむっつりと応えれば、緑川は太い笑みを浮かべからからと笑う。流石は年の功か、からかいながらも嫌みがない緑川には、正面切って言い返すのも子供っぽい気がして、早口で話題を逸らそうとした赤崎は、己の言葉にふと周囲を見回した。
「そういえば、王子どこにいるんスかね」
ちらりと視線を向ければ、なんだかんだと言いながらも村越は調理班に混じり選手たちを取り仕切っている。今、ここにいない選手たちも、チラシ配りに回っていることは知っていた。
けれど、その中には見慣れたひょろりとした背中が、ない。どうやら吉田は作業班にもチラシ班にも加わらずどこかに雲隠れしているようだ。
「またサボりですかね? でも……」
尤も、こういう地道な作業に吉田が加わる事の方があり得ないとは誰もが分かってはいることだ。どうせおおかた、指がふやけるだの、髪が油臭くなるだのと理由を付けて逃げ出しているのだろうけれども。
「村越さんが文句言わねェってのは珍しいんじゃないスか?」
達海となにがあったのか、最近は少し様子が変わったが、村越は基本的にこういう交流行事はそれこそチーム全体で行うべきだと考えているはずだ。その村越が、吉田の不在に気づいているだろうに黙認している。付け加えれば、有里や後藤もなにやら黙認している風がある。
いったい、どういうことだ。
「ああ、ジーノか?」
あいつはな……。
疑問に素直に訝かしげな顔をした赤崎を見下ろし、緑川が唸るような声を上げる。その声が妙に苦みを帯びていることを察して顔を上げれば、緑川がその声同様の苦い顔をして芋の皮を剥いていた。
「若い奴らは知らないんだったな、ジーノのあの話」
するすると適度な厚みを持って足下へと落ちてゆくジャガイモの皮を見つめながら、ぽつりと呟く。
「あの話?」
なにやら妙に含みを持たせた緑川の言葉が引っかかるが、吉田に関する話となっては赤崎としてはスルーはできない。
「……なんスか?」
チームメイトだから気になるのは仕方がない。しかも、吉田は同じポジションなのだ。少しでも相手を知っておくことに越したことはないだろう。
もやもやと葛藤しながら些か手荒くジャガイモを削っていた赤崎は、自分へと言い訳をして尋ねる。それに緑川は いいか、チーム外の奴らには絶対言うなよ、と重く念を押して言葉を繋ぐ。
「まあ、どうせいつかはお前らも知ることになるだろうから俺から話すが……」
そうして語り出した話に、赤崎は呆然と芋を剥く手を止めた。

作品名:スプーン一杯分の嘘。 作家名:ネジ