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月の影を越えてゆく

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風を纏う白いマント。何もかもを見透かす月の光。都会の闇と光の上に立ち。
見据えたのは、蒼い双眸。

「あれ?」

何の拍子にか中途半端な時間に目が覚めた。夕飯の後、何をするでもなしに部屋をごろごろしているうちに、いつの間にか寝てしまっていたらしい。気だるい身体を起こして、自室の扉を開ける。母はとっくにもう休んだのだろう。静謐な闇が快斗を迎えた。

夜とは、こんなに静かなものだったろうか。

いや、いつだって夜は刺激的だった。油断のならない敵であり、静かに寄り添う味方でもあった。

ああ、それはまるで彼のような。

人気のない台所。代わり映えのしない我が家。それがなぜこんなに苦しい。蛇口に口元を寄せる。勢い良く溢れる水を、手を伸ばすこともできない面影ごと飲み下した。

冷たい。寂しい。

ここはどこだろう。



次に目を覚ました時は、光りあふれる朝だった。

夢を見ていた。
誰の?そんなの決まってる、あの小生意気な小学生の。

小学生って誰だ?

ふわふわと夢の残滓が、現実に定まらない頭を刺激する。

「んなの、名探偵に決まって」

めいたんていって、だれだっけ?

「は!?」

当たり前のように浮かんだありえない疑問が、一瞬で覚醒を促す。

ばくばくと心臓が鳴る。

決まっている。怪盗キッドの唯一のライバル。もっとも会いたくない恋人。
キッドキラーなんて称号まで与えられて、嫌そうに笑っていた。

「工藤新一、だろ。なんだよ、なんでそんな」

今、忘れていた。一瞬でも、彼を。

「夢は、夢にしちまえってことかよ」

鳩の元気な鳴き声が聞こえる。母さんの作る味噌汁の匂い。やわらかな朝の光。
もうすぐ迎えに来る幼馴染が、隣家で元気よく父親を叩き起している。
あんなに大切に思った当たり前の光景が、夢の高揚を遠ざけていく。
幸せなはずの世界に抱かれて、快斗は膝を抱えて泣き出したいほどの心細さに駆られていた。


作品名:月の影を越えてゆく 作家名:川野礼