ささめゆき
松陽先生が思想犯として捕らえられたと聞いたとき、桂は剣術道場にいた。
その道場は江戸で三本の指に入ると言われる名高い道場で、桂は数年まえからその道場で剣術の腕を磨き、そしてその腕前を認められて塾頭となっていた。
塾頭となればただ剣術の稽古をしていればいいというわけにはいかず、道場の運営に関わる色々なことをなさねばならない。
しかし、それらをすべて放りだして出立し、桂はひたすら郷里へと急いだ。
頭のなかは松陽のことだけだった。
故郷の土を踏むと、真っ直ぐ松陽の家に向かった。
松陽は自宅で私塾を開いていた。桂はその塾生であり、松陽から様々なことを学んだ。松陽は頭が非常に良く、物知りで、だが自分の才におごることのなく、人柄にも優れていた。桂は松陽を敬愛している。
やがて、陽が落ちようとしているころ、松陽の家に到着した。
松陰の家のまわりには木々が植えられており、裏手に生えている大木は平屋の上から姿をのぞかせていてその枯葉を瓦葺きの屋根にいくつも落としていた。