ささめゆき
訪れを告げると、足音が近づいてきてやがて木戸が開けられた。
家のなかが見えた。
影の落ちる土間に銀時が立っていた。
その銀時の姿を見て、桂ははっと息を呑んだ。
「……なんの用だ、ヅラ」
眼のまえに立ちふさがっている銀時には妙な迫力があった。気の小さい者であれば後退ってしまいかねないほどの。
銀時がこんなふうにひどく暗い表情をしているのを見るのは、初めてだった。
まるで闇だ。深い深い井戸に沈んでいるような闇だ。
そう桂は思った。
「ヅラじゃない、桂だ」
とっさに言い返すことができたのは、かつて幾度も繰り返したやりとりだったから。
銀時の表情がわずかに緩んだ。しかし、次の瞬間にはくるりと踵を返した。
「まァ、いーや。入れば?」
背中を向けたままふり返りもせずに素っ気なく言うと、桂の返事を待たずに歩き出した。
桂はその銀時の態度にむっと眉根を寄せた。けれど、文句を言いたい相手はさっさと遠ざかっていってしまったので、仕方なく黙って家のなかに入った。
銀時は松陽の家に住んでいる。と言っても松陽と血の繋がりは一切ない。それどころか、どこの家の者なのかもわからない。いつの間にかどこかからやって来て橋の下で暮らしていた。それを松陽が拾ってきて、自分の家に住まわせたのである。