やまない、雨に。
雨が降っていた。梅雨だから、当たり前ではある。鳴介は結構雨も好きだ。子どもたちは外で遊べないといって不満の表情を隠しはしないが。
いつもと同じ場所に、いつもと同じように椅子に座って外を眺めていても、まるで違う世界に迷い込んだような感じがする。いや、迷い込むというよりは、『切り離される』という方が正しいかもしれない。
他愛のない、いつもの会話でさえも、どこか秘密めいた響きをおびる空気。いつ果てるともなく続く、地上のすべてのものを打つ雨の音。
鳴介は頬杖をついて、目を閉じた……。
□□□
一日の仕事を終え、家路へと向かう鳴介の足は、職員用玄関を出て直ぐの所で止まる。傘を開いてしまうまで雨空をあおいでいたので、傘を持ち上げ歩き出すときまでその人影に気がつかなかったのだ。
「…なにやってるんだ、こんな所で」
「別に…私が昇降口(こんなところ)で何をやっていようと、私の勝手でしょう…?」
玉藻はどことなく投げやりに言い、一度ちらりと鳴介の方を向いただけで、ずっと雨を見つめている。
こんな雨の日に、傘も差さずに玄関の横なんかで座りこんでいたら、誰だってそう尋ねると思うが…そう言いたい気持ちをぐっとこらえる。
それとも、雨に濡れる(そういった)ことなどには頓着しない質なのか。
それにしても…いったいいつからこうしていたのだろう。服も髪も含めるだけ水を吸って体に貼りつき、重たげに垂れている。
待ち伏せとわかる態度をとるくせに、口では構うなと言う。
――ヘンな奴。
そう思いながらも、少しの間、鳴介はただ黙って彼の横顔を眺めていた。
――頬が濡れているのは、ただ雨のせいなのだろうか?
だしぬけに、そんな考えが頭をかすめる。
…『何か』が、この男に起こったんだろう。いつもの覇気が感じられない。
「確かに、お前がこんな所で何をやろうと勝手だがな…そんな格好のままじゃ、風邪を引く」
「…風邪なんか…」
「駄目だ。例え風邪なんか引かない体だとしても、だ」
無理矢理に腕を引っ張って、再び校舎内へ戻る。捕まれた腕に抵抗もせず、雫をしたたらせながら玉藻は素直に従った。
「ほら…ちゃんとふけよ」
手っ取り早い保健室へと入り、タオルを二枚ほど投げてやる。玉藻は黙ったままそれを受け取り、大人しく頭や顔を拭き始めた。立ったままの彼の足元には、たちまち大小の水たまりが幾つも生じる。
頃合いを見て、鳴介は保健室の備えの寝巻きを渡す。
「とりあえず、これに着替えとけよ。なんか代わりのもの、探してくるから」
相変わらず無言の玉藻にそう言い置くと、鳴介は部屋を出た。
いつもと同じ場所に、いつもと同じように椅子に座って外を眺めていても、まるで違う世界に迷い込んだような感じがする。いや、迷い込むというよりは、『切り離される』という方が正しいかもしれない。
他愛のない、いつもの会話でさえも、どこか秘密めいた響きをおびる空気。いつ果てるともなく続く、地上のすべてのものを打つ雨の音。
鳴介は頬杖をついて、目を閉じた……。
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一日の仕事を終え、家路へと向かう鳴介の足は、職員用玄関を出て直ぐの所で止まる。傘を開いてしまうまで雨空をあおいでいたので、傘を持ち上げ歩き出すときまでその人影に気がつかなかったのだ。
「…なにやってるんだ、こんな所で」
「別に…私が昇降口(こんなところ)で何をやっていようと、私の勝手でしょう…?」
玉藻はどことなく投げやりに言い、一度ちらりと鳴介の方を向いただけで、ずっと雨を見つめている。
こんな雨の日に、傘も差さずに玄関の横なんかで座りこんでいたら、誰だってそう尋ねると思うが…そう言いたい気持ちをぐっとこらえる。
それとも、雨に濡れる(そういった)ことなどには頓着しない質なのか。
それにしても…いったいいつからこうしていたのだろう。服も髪も含めるだけ水を吸って体に貼りつき、重たげに垂れている。
待ち伏せとわかる態度をとるくせに、口では構うなと言う。
――ヘンな奴。
そう思いながらも、少しの間、鳴介はただ黙って彼の横顔を眺めていた。
――頬が濡れているのは、ただ雨のせいなのだろうか?
だしぬけに、そんな考えが頭をかすめる。
…『何か』が、この男に起こったんだろう。いつもの覇気が感じられない。
「確かに、お前がこんな所で何をやろうと勝手だがな…そんな格好のままじゃ、風邪を引く」
「…風邪なんか…」
「駄目だ。例え風邪なんか引かない体だとしても、だ」
無理矢理に腕を引っ張って、再び校舎内へ戻る。捕まれた腕に抵抗もせず、雫をしたたらせながら玉藻は素直に従った。
「ほら…ちゃんとふけよ」
手っ取り早い保健室へと入り、タオルを二枚ほど投げてやる。玉藻は黙ったままそれを受け取り、大人しく頭や顔を拭き始めた。立ったままの彼の足元には、たちまち大小の水たまりが幾つも生じる。
頃合いを見て、鳴介は保健室の備えの寝巻きを渡す。
「とりあえず、これに着替えとけよ。なんか代わりのもの、探してくるから」
相変わらず無言の玉藻にそう言い置くと、鳴介は部屋を出た。