花鳥風月 -月-
「十四郎、今夜は望月じゃあないよ。不知夜月(十六夜)だ。『いざよい』は『ためらう』に通じる。望月より月の出が遅れるから、『月の出を躊躇う月』とも呼ばれているって、知っていたかい?」
「京楽?」
咳が治まりかけて、浮竹が京楽を見る。咽て潤んだ瞳が扇情的だ…と京楽は思った。
「ボクたち二人を照らすのに、相応しいと思わない? 躊躇ってばかりだからね。確かに惹かれあっていたはずなのに、想いを確かめるのを躊躇って、今日まで来ちまった」
今もまだ躊躇っている。浮竹を摩るその手を肩に回して引き寄せることは簡単だ。病み上がりの肩は細く身体に入る力は弱い。しかし、京楽はついにそれをせず、身を離した。浮竹が持参した徳利から、自分の杯に酒を注ぐ。
月が中でゆらゆらと揺れた。
「俺は、そろそろ戻るよ。黙って出て来たから。寝所にいないのが知れると、小椿達が騒ぎ出す」
息が整った浮竹は腰を上げた。
想いを言葉にしたことに悔いはない。それでも感情を押し付けるのは、京楽の主義に合わなかったし、らしくもなかった。
「戯言が過ぎたね。君の言う通り、月に中てられたらしい。これに懲りずに、また飲もう」
京楽は杯の中に視線を落としたまま言った。
浮竹が踏み出す音がする。二歩、三歩と遠ざかろうとする段になって、京楽は振り返った――「なぜ?」と言葉を添えて。
二人で酒を酌み交わすなど、数百年なかった。多忙を理由にして、作らなかった機会だ。
答えはないものと諦め、再び杯に目を戻す。
「さあ…、俺もまた、不知夜月の光に中てられたのかも知れぬよ、春水」
ざああ…と、一層に葉擦れの音。京楽は慌てて振り返る。が、瞬歩、すでに浮竹の姿はなかった。
月は皓々。満願成就の望月に、似て非なる光を放つ不知夜月だ。一夜遅れの月見酒に、何か暗示はあるのか?
「まあいいさ、『望月』への楽しみが増すってもんさね」
躊躇いながらも上り、空に在り続ける其の月に杯を向けて、京楽はゆっくりと酒を飲み干した。