花鳥風月 -月-
夢のような一夜はしかし、けじめの線を引いた夜でもあった。それを境に、互いを名前で呼ぶことも止めた。そう望んだのは浮竹だ。京楽は友人としての彼をも失いたくないがゆえに、その望みを受け入れた。甘やかな感情と関係は、新たに始まる日々にどう作用するとも知れない。尸魂界の要・瀞霊廷を護ると言う職務には、危険がついて回る。恋情を断ち切れないなら、友としても情は交わさぬと、浮竹の穏やかな目は語っていたから。
卒業して、二人は別々の隊に振り分けられた。十三隊あるとは言っても瀞霊廷は広い。現世に赴く任務が混ざれば、会う機会も極端に減った。二人の間は意識的にでないにせよ、離れて行く。隊長位に着くと諸事に忙殺され、更に間遠くなった。定例隊首会で顔を合わせても、挨拶と意見の交換と世間話がせいぜいだ。だから、隊務を通さずに会うことは、「珍しい」と言うよりも、「ほとんどない」と言った方が正しかった。
想いは時の中に封じられた。
「皮肉なこった。今回のことで、ボクは自分の気持ちを思い出しちまった」
「京楽」
「朽木ルキアの処刑阻止に、同じ気持ちでいたことを知った時、ボクはね、思い出してしまったんだよ、十四郎」
大罪人・朽木ルキアを救うことは、中央四十六室や、護廷十三隊、ひいては瀞霊廷の総意に沿わぬ行為だった。全てを敵に回す覚悟でいた京楽は、浮竹もまた同じ思いでいることを知ったのだ。四楓院家の宝具を解放し、力を組して双きょくの第二撃を止めた。山本元柳斎の前に、二人して立った。
そうしてまた、距離は縮まった。
「こうして、君とここにいられることを、単純に喜んでる」
「…京楽、月は古来、不思議な力を有していると言われている」
緊張を隠さなかった浮竹は、それでも少し気を緩めた。
「月?」
「今夜は見事な望月(満月)だ。おまえはその光に中てられているんだ」
浮竹はそう言うと、杯の酒を流し込んだ。水とはあきらかに違う喉越しに、たちまち咽て激しく咳き込む。京楽は背中に手をあてがい、さすってやった。浮竹はそれを拒まなかったが、京楽が少しでも引き寄せる仕草を見せると、途端に体を硬くする。
京楽は苦笑とも、自嘲とも取れる笑みを浮かべた。