耀さん生日快楽記念小話
だから今更こんな事をしても無意味なのだと思っていた。既に耀のものになっているのに、自分の名前が記されている私物にリボンを掛けて渡そうとしているようなものなのだ。
それでも最後まで発言しきる前から、自分が如何に恥ずかしい台詞を吐いているのかと言う自覚はあったので、直接兄の目を見る事は出来ずに小さな声で、でも目の前の存在に聞き取ってもらうには充分な声量でポツリとカミングアウトを行い、真っ赤になっているだろう顔を耐え切れずに両掌で覆い隠す。首筋にふわりと羽根のような柔らかな感触が落ちてきて、右手に結んであるリボンが肌を掠めていったのだと思ったが、リボンはすぐに手首ごと耀の掌に取られて強引に畳へと縫い付けられてしまった。
「ああ、悪かったあるね。これは一本取られたある」
是。まさにその通りね。
お前はとうの昔に我のものだったと密やかに呟き、紅いリボンで結ばれた右手を自らの手と絡め合わせてぎゅっと握り締めてくる。
「では、今日は我の宝を存分に味わえると言うことあるね?」
空いている方の手で弄るように和服の胸元を伝い、合わせ目の部分から素肌へと指先を浸入させながら、耀は楽しくて仕方ないとばかりに笑っていた。
(……貴方が幸せなのでしたら、私はそれで良いです)
結局はこういう展開になるのかと言う困惑は絶えなかったけれど、耀がとても嬉しそうにしているから、だったらそれでも良いかと菊は覚悟を決めた。
今日は彼のためにとことん尽くして、甘えさせて、我儘をきいてあげようか。少しくらいの要望だったら恥を忍んで受け入れてもあげても良いかも知れない。それが耀にとって何よりの幸福となる事を知っている程度には、愛されているという自覚を得て居ると自惚れても良いと思った。
愛撫を深めるために離れて行った掌を惜しむように、リボンの揺れる右腕を兄の背中に絡めてぎゅっと引き寄せれば、それだけで彼の瞳は慈愛に溢れて優しく撓むから。
だから神様、どうかお願いします。
「来年も、その次の年も、十年後も、百年以上経っても、今日と同じようにずっとこうしていられたら良いあるね」
「……っ」
胸の中で希っていた内容と全く同じ声を耀の唇から聞いて、驚愕に菊は瞳を大きく見開く。
同じ思惟を共有できる事。同じ未来を描く事ができる人。
この人はやはり自分にとって特別な存在なのだと思い知らされた一瞬だった。
世界で一番大好きな人へ。
貴方の言う通り、これからも永劫の刻を貴方と共に紡いでいきたい。
私の心も、身体も、もうとっくに貴方のものだから、貴方の傍ではないと私は生きていけないのだから。
「……にーに。建国記念日、おめでとうございます」
「謝謝、菊」
交わし合う言葉は祝辞と感謝を伝える意だけで充分だった。
続く愛の言葉は、兄の唇に吸われて声になる事は無かったけれど、きっと彼の胸の中に直接送り届ける事が出来たのだと信じている。
作品名:耀さん生日快楽記念小話 作家名:鈴木イチ