【銀誕】そうやって世界は終わってゆく
片耳だけに流れる流行遅れのメロディが、ほんのりと冷気を帯びた風と共に肌を撫ぜる。
音楽を好んで聴く性質ではない。つまり、音楽を聴くこと自体は嫌いではないのだ。
机の引き出しの、何時の何が入ってるんだかわからないファイルの下に、ケース収められることなく埋まっていたカセットテープ。
ラベルはなく、とうに自分の記憶からも飛んでいたもので、故にほんの少しの興味を持ち、押入れの底から見つけ出したこれまた流行遅れのテープレコーダーと半ば壊れたイヤフォンを耳に入れて、ぶらぶらと街を歩く。
ただ、昨日とも明日とも違う今日が、坂田銀時には面映ゆかった。
何か、何かの映画の主題歌だった。
確か恋人が死んで、蘇ってくる話――結局、死んでたのは自分だったっていう。
役者の顔まで思い出せるのに、どうも、曲の名前が思い出せない。
そう言えば、前に同じような話を誰かとしたことがあったっけ。
それも誰だったか、思い出せない。
はあ、とひとつ溜息をつくと同時に、曲が終わった。
その曲から先には何も入ってないらしく、壊れたような無音が続く。
巻き戻しボタンを押せばきゅるきゅると音を立ててテープが巻かれていって、そんな音も少し銀時は好きだった。
何故かと問われて答えられるほどの理由は無かったけれど。
再生。
「だーんな」
「うおおおあ!?」
突然後ろから掛けられた声に、てのひらから滑り落ちたテープレコーダーが音を立てて地面に落ちる。
ぱち、り、と二度、柘榴色の幼い眸が瞬いた。
「そんな驚かなくても良いじゃねェですかィ。何かやましいことでもしてたんですかィ?」
エロボイスでも聞いてたんで?と、沖田総悟は地面に落ちたテープレコーダーを拾いイヤフォンを耳に入れる。
「ありゃ?聞こえねェ」
「ああ、それイヤフォン左耳壊れてるから。右、右」
「あ、聞こえた」
ぱさりと落ちた、栗色の睫毛がゆっくりと持ち上がる。柘榴色の瞳が現れる。
ひらひらと落ちる紅葉のような、瞳のいろ。
――嗚呼、そうか。
「思い出した」
「え?」
「あ、いやこっちの話」
これ、
「何かの映画の主題歌でしたっけ」
「そうそう」
「あれ、主人公がなんか幽霊なやつ」
「アバウトにいやあそうだな」
「好きなんですかィ?」
「別に」
「歌が?」
「別に」
「じゃあ何で」
「なんとなく」
へぇ、
「旦那でも、そういうのがあるんですねェ」
「どういう意味?」
「そういう意味でさァ」
てのひらの中に戻されたテープレコーダーが、くるくると回っているのを何となく、目で追った。
「オイ、総悟。さっさと飯くわねーと冷めちまう・・・・何でコイツが居るんだ」
「それはこっちの台詞だな。何で地球にマヨラー星の王子が居んだ、さっさと星に帰れや」
「いやそれがですね旦那、こないだマヨラー星とサディスティック星で抗争がおきやして、まあ勿論サディスティック星の圧勝で終わったんですけど――つまり俺の奴隷として地球で生活してるんでさァ、なァ土方。
さっさと這い蹲って坂田さんの靴でも舐めろィ」
「おーそーだそーだ舐めろ舐めろ」
「あーわかったわかったじゃあ舐めやすいようにてめェの足をぶった切るとこから始めなきゃなァ?」
あ、そうだ旦那ァ。
「飯、まだですかィ?」
「ん?嗚呼、」
「ならご一緒しやせんかィ?おごりますから、土方が」
「は!?何で俺が!!!」
「いいじゃねェですかィ」
今日は誕生日でしょう?
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「良く知ってたな」
俺の誕生日、と土方スペシャルに一心不乱に一味唐辛子をかけ続ける総悟を横目で追い、パフェを一口、含んだ。
「チャイナが言ってたんですよ。『10月10日は銀ちゃんの誕生日アル!新八とサプライズパーティー企画してるアルよ!お前らは絶対誘わないけどな!ざまーみろバーカ!』って」
「・・・お前らってなんだかんだで仲良いよな」
「つーか、それ今コイツに言っていいのかよ」
四本目の一味唐辛子を、振る手がぴたっと止まる。
「あちゃー」
「「あちゃーじゃねぇよ!!」」
「まーいいじゃねェですかィ。旦那が知らないふりしてりゃ別にどーってことねェですよ」
「本当君は自分勝手を形にしたような奴だよね沖田君」
「そりゃどうも」
かん、かん、とスプーンをガラスに無造作に打ち鳴らす。
「ま、そんなことじゃねーかとは感づいてたけどよ」
「旦那ァ、誕生日は祝われたくないクチですかィ?」
「そーゆーわけじゃねぇけど。かといって今更自分の誕生日ではしゃぐ年でもねぇしよ」
「複雑なお年頃ですかィ」
「そーゆーこった」
空になった五本目の唐辛子の容器を、置いた拍子に二本横に転がって、床に落ちた。
「祝わせてやりなせェよ、旦那」
『生きててくれてありがとう』って、生きてる内くらい言わせてやって下さいよ、
「――死んじまったら、祝いたくたって祝えねぇんだから」
死んじまった人間に、『生きててくれてありがとう』なんて皮肉も良いとこですよ
へら、と眉根を下げて笑いを零す総悟が、床に落ちた容器を拾おうとかがむと、土方と目が合った。
唇が乾くような、耳の中がかゆくなるような、そんな空気を二人は共有していた。
「――総悟。さっさと飯食え、冷めるだろ」
「うん、ご飯は温かい時に食うのが一番美味しい。なァ土方君」
「嗚呼、勿論だ」
「――すいやせん、なんかめでてー日だってのにしんみりしちまって・・・気ィ使わせちまった。
旦那・・・これ、俺からのお祝いの気持ちでさァ」
ずい、と差し出された犬のエサスペシャル(一味唐辛子5本添え)と、沖田の顔を交互に見て、それを数回繰り返し、二人は漸く状況を飲み込んだ。
「おい、それ俺がおごってやった奴だろ」
「貰った時点で俺のものですぜィ」
「ならそのまま自分のトコでステイしとけよ」
「でも俺・・・今旦那にあげられるもんはこれしかねェんで・・・俺の好意受け取ってくれますよねェ?」
「好意ってゆーか悪意しか感じないよね。何、さっきから一心不乱に唐辛子をかけてたのは元からこのため?」
「旦那にしちゃ感づくの遅かったですねェ」
ああ、ったく、このクソガキ。
ひとつ悪態をついて残りのパフェを腹の中にかっこめば、椅子からガタンと立ち上がる。
「ごっそさん」
「旦那ァ」
「いらねェよ」
「ちっ」
「あからさまに舌打ちすんな」
旦那ァ、
「誕生日、おめでとうございます」
「・・・・・・・おう、」
なァ、沖田君。
「俺が死んだら、泣く?」
「泣くんじゃないですか」
「泣くか」
「泣きますよ」
俺ァ笑いますけどね、
「知ってますかィ?」
「何が」
「あんたの思うより、人間は強かなもんですぜィ」
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先ほどより幾分か、風が強くなった。積った落ち葉に足を入れれば、ぱり、と乾いた音がする。
片耳だけの音楽、右から入っては左へ抜けていくような、そんなテンポで石段をあがってゆく。
場所は、確か、
石段の頂上から、三つほど角を曲がった先の突き当たり。
「お、あった」
―――沖田ミツバの墓。
立派に彫られた名前を、無作法に指でなぞる。
彼女がこの墓の下に眠って、もう随分と経つか。
作品名:【銀誕】そうやって世界は終わってゆく 作家名:ゆち@更新稀