池袋の猛獣使いの話
そんな静雄にどう説明すればわかってもらえるのか、帝人は考えながら言葉を紡いだ。
「えっと、つまりですね、僕が選んで僕が買った僕らしい首輪を僕の手で静雄さんの首に着けました」
「おう?」
「だから、この首輪を着けている間は、僕が静雄さんの飼い主です」
「あん?」
「!!!!!!!」
店員達の殆どが、帝人のこの発言を耳にした途端、店の外へと逃亡した。残っているのは店舗のオーナーと、自身の安全よりも好奇心を優先する野次馬ひとりだけだ。
「意味わかんねえな。なにが言いてえんだ?」
「えっと――なんて言えばいいんですかね」
眉を吊り上げる静雄に、返される帝人の声は落ち着いている。
「僕が静雄さんの飼い主ですから、この首輪を着けている間は、静雄さんのすることはすべて僕の責任下にあります」
「は?」
「静雄さんがなにをしても、なにを壊しても、誰を傷つけても、責任は静雄さんではなく僕が負います。だって、僕が飼い主なんですから」
「おい? 竜ヶ峰?」
「僕はまだ学生で、静雄さんみたいな大人の男のひとに完全に頼って貰えるとは思っていませんけど、せめてこの首輪を着けている間だけは、僕に全部預けて気を休めて下さい。遠慮も気遣いもしなくていいです。自由に振舞って下さい。僕は静雄さんを可愛がりますし、甘やかします。そして責任を持ちます。そういう意味の、贈り物です」
「………」
「それとも静雄さんは、僕が飼い主では役者不足と思われますか?」
静雄は意味がわからないとでもいうような呆然とした表情で帝人の言葉を聞いていたが、帝人が口を噤んで至近距離から見上げていると、じわり、と表情を変えた。
口元が歪み、頬が染まり、目尻が下がる。顔のどこにも血管は浮いていない。
静雄は大きな手で顔の下半分を覆って隠すと、くぐもった声を目の前に立つ頭ひとつ小さな少年に掛けた。
しかし目は少年を捉えておらず、明後日の方向を泳いでいる。
「あー……竜ヶ峰?」
「はい」
「その……お前が、俺を飼ってくれんのか?」
目と耳を疑う店員達の前で、どう見ても照れているとしか思えない風情の喧嘩人形がとんでもない台詞を投下した。
この世の終わりのような心情で見守るオーナー達の前で、竜ヶ峰帝人は模範的な優等生の笑顔で応じた。
「僕で宜しければ」
「その……宜しく頼む」
この日から池袋の都市伝説に、池袋最強の首に手綱を着けた、猛獣使いの話が加わった。