IとMの攻防
「・・・どうしよう。」
滅多に見れない心底困り果てた臨也さんの表情。
けれど今の僕にはその表情を堪能する余裕は全く無かった。
「だ、大丈夫です、臨也さん。今ならまだ、引き返せます。」
「そう、かな?ああ、でもこの機会を逃したら、もうこんなチャンスは二度と無いかも。」
それには反論できない。
確かに臨也さんが言うとおり、今回を逃せばもう二度とこんなことにはならない。
及び、僕がさせない。
「どうしよぅ…ねぇ、帝人くん。俺、どうしたらいいかな?」
「・・・とりあえず僕の腕を解いて下さい、話はそれからです。」
僕は今現在進行形で、臨也さんのベッドに縛り付けられている。
「でも、解いたら帝人くん、逃げるよね?」
そりゃ逃げますとも。臨也さんの狙いが何なのかわからないほど子供じゃない。
でももちろんそんな風には言えない。
「話し合いましょう…?こんなの、臨也さんにとっても不本意なはずです。」
臨也さんは悲しげな表情のまま俯く。
「…ごめん、俺としては合意でも無理矢理でもとにかく帝人くんが欲しいんだ。」
なるほど、つまりそんなに不本意じゃない、と。
鬼畜、この外道!心の中で叫んでもどうせ相手には聞こえない。
僕は心の中で声が枯れるほど叫んだ。
「・・・臨也さんがこんな人だったなんてっ。」
僕が瞳を潤ませると、目に見えて臨也さんがうろたえた。
「ごめっ、ねぇ帝人くん泣かないで!・・・俺、余計興奮しちゃうよ!」
ピタリと僕の涙は止まる。
だいたいなんでこんなことになったんだろう、僕は今までを振り返り(と言う名の現実逃避)、反省点を考えた。
臨也さんはいまいち読めない人ではあったが、表面上は怖い人だとは思わなかった。
たまに会うとお茶に誘ってくれて、たいしたことない世間話をするくらいだった。
そこには微塵も僕に対する好意など含まれている様に思えなかったし、だいたい僕は男だからそんな風に考えること自体無い。
そう、もしも僕が園原さんのように可愛い女子であったなら、もう少し警戒したかもしれない。
けれど僕は本当にただ平凡な男子高校生だったのだ。
「…帝人くん?遠い目になってるよ?」
臨也さんは相変わらず困った顔のまま僕を見降ろす。
そう、彼はベッドに縛りつけられた僕に圧し掛かった状態になっている。
それこそ行為をおっぱじめる気ならとうに始められているはずだ。
それなのに臨也さんは僕を家に呼び、ジュースに薬を盛り、僕を眠らせ、眠った僕をベッドに横たわらせ、あまつ腕を縛るという全ての作業を問題無くやってのけた、が、そこからずっと「どうしよう。」で止まっている。
僕の心境はふざけるなって、感じだ。だって問答無用で始められたら心から臨也さんを憎めるのに、最後の段階で臨也さんは微量の良心を見せる。
僕の感情は宙ぶらりんなまま、臨也さんを憎めばいいのか嫌えばいいのか、慰めればいいのか、それさえもわからない。
「帝人くん、ねぇ俺を見て。」
僕は必死に臨也さんを見つめる。今、彼の機嫌を損ねるのは得策じゃない。
「帝人くん、帝人くん、帝人くん、」
臨也さんは何度も僕の名前を呼びながら僕に顔を近づける。
わざとなのか無意識なのか、ゆっくりと近づいてくる臨也さんの顔は恐怖をもたらした。
「ハァ、帝人くん。」
僕の首筋に顔を埋め、耳元にキスをされる。
一気に鳥肌がたつ。いやだ、気持ちが悪い。
「いざ、やさん。」
自分の声が震えているのがわかる、怖い、臨也さんが怖くてたまらない。
僕の声が強張ったのに、臨也さんも気付いたみたいだ。一気に体を離して、表情を歪めた。
「ごめん、帝人くん…。」
そしてまた振り出しに戻る。
「どうしよう、ねぇ帝人くん、俺どうしたらいいかな?」
知るか!!
そう叫びたいのを押さえて僕は口を開く。
「僕を解放して下さい、こんなのは間違ってます。」
「・・・。」
臨也さんは悲しげに瞳を伏せた。
どうして貴方の方がそんな顔をするのか僕にはわからない。
「さっきまで、・・・さっきまで決意してたんだ。」
「え?」
「君を眠らせて、ベッドに縛り付けて、君が目覚めるのを待つ間、俺は例え君がどんなに泣いて嫌がろうと絶対に犯してやろうと、そう決めてたんだ。」
背筋がぞっとするほど恐ろしいことたんたんと言う。
僕はゴクリ、と唾を飲んだ。
「でも、いざ君に目覚められると、どうしたらいいかわからなくなったよ。君に嫌われたくない、って、そう思ってしまうんだ。」
臨也さんがこんな風に人間らしい感情を出すところを僕は知らない。
僕は驚くほど臨也さんのことを何も知らない、臨也さんは話す人じゃないし僕も追求するタイプじゃない。
だからこんなに葛藤されて思いつめるほど僕のことを思ってたなんて考えたことも無かった。
僕の知らないところで色々と悩んでいたのかもしれない、そう思うと少しだけこの人を理解したいと思った。
けど、
「・・・諦めて、俺のこと受け入れてくれないかなぁ。」
それとこれとは話が別だ。
「…無理です。」
「そうだよねぇ。・・・どうしよう。」
「帝人くんは馬鹿だね、どうして俺のことなんか信用したの?今日だって純粋無垢な顔してノコノコ付いてきちゃってさ、俺が何考えてるかも知らずに。ジュースだって普通に飲んじゃうし、何か入ってるなんて思わなかったの?・・・何もかもうまくいきすぎて、俺はどうしたらいいかわかんないよ。」
これ以上の責任転嫁って無いと思う。
悪いのは僕じゃない。臨也さんがどんな人か僕はよくわかってなかったけれど今まで害をなすようなことは無かったし、誘われて断る理由も無かった。
ジュースだって今思えば若干苦みがあったような気がしなくもないけど、そこではっきり「コレ苦いんですけど」なんて言えるほど仲も良くないから気にせず飲みほしましたとも。
『何もかもうまくいきすぎて』なんてそれこそ戯言だ。もし僕が今日用事があって誘いを断ったとしてもリンゴが苦手でジュースを飲まなかったとしても、きっと臨也さんは華麗に別の手を考えただろう。
そして僕はやっぱりこの状態になってただろう。
「いざこうしたら帝人くんが綺麗過ぎて、手が出せないんだ。触れたら壊れてしまいそうで、でももうめちゃくちゃに壊してしまいたくなる…なんでこんな矛盾してるんだろ、ねぇ帝人くん。・・・いっそこんなこと最初から計画しなければ良かっ、たっ。」
臨也さんが表情を苦しげに変えて、今にも泣き出しそうに「うっ。」と嗚咽を漏らした。
もうなにもかも今さらだ。
そしてそのことに僕ももちろん後悔してるけど、何故か臨也さんも後悔しているんだ。
「…臨也さん。」
「・・・何?」
「もう止めましょう。」
「・・・。」
臨也さんは黙る。これが良くないことだと臨也さんもわかっている。
もし僕の体を懐柔したいだけならとっくに僕は陥落しているだろう。
けど、この人はそうじゃない。
僕の体が欲しいわけではないんだろう(そりゃそうだ、ただの平凡な男子高校生の体だもの)
「臨也さん、物事には手順があります。」
「え?」
「臨也さんは賢いので、すぐ覚えられると思います。」
「…帝人くん?」
一つ一つ教えて行かなければ、この恋の仕方さえ知らない愚かな人に。
滅多に見れない心底困り果てた臨也さんの表情。
けれど今の僕にはその表情を堪能する余裕は全く無かった。
「だ、大丈夫です、臨也さん。今ならまだ、引き返せます。」
「そう、かな?ああ、でもこの機会を逃したら、もうこんなチャンスは二度と無いかも。」
それには反論できない。
確かに臨也さんが言うとおり、今回を逃せばもう二度とこんなことにはならない。
及び、僕がさせない。
「どうしよぅ…ねぇ、帝人くん。俺、どうしたらいいかな?」
「・・・とりあえず僕の腕を解いて下さい、話はそれからです。」
僕は今現在進行形で、臨也さんのベッドに縛り付けられている。
「でも、解いたら帝人くん、逃げるよね?」
そりゃ逃げますとも。臨也さんの狙いが何なのかわからないほど子供じゃない。
でももちろんそんな風には言えない。
「話し合いましょう…?こんなの、臨也さんにとっても不本意なはずです。」
臨也さんは悲しげな表情のまま俯く。
「…ごめん、俺としては合意でも無理矢理でもとにかく帝人くんが欲しいんだ。」
なるほど、つまりそんなに不本意じゃない、と。
鬼畜、この外道!心の中で叫んでもどうせ相手には聞こえない。
僕は心の中で声が枯れるほど叫んだ。
「・・・臨也さんがこんな人だったなんてっ。」
僕が瞳を潤ませると、目に見えて臨也さんがうろたえた。
「ごめっ、ねぇ帝人くん泣かないで!・・・俺、余計興奮しちゃうよ!」
ピタリと僕の涙は止まる。
だいたいなんでこんなことになったんだろう、僕は今までを振り返り(と言う名の現実逃避)、反省点を考えた。
臨也さんはいまいち読めない人ではあったが、表面上は怖い人だとは思わなかった。
たまに会うとお茶に誘ってくれて、たいしたことない世間話をするくらいだった。
そこには微塵も僕に対する好意など含まれている様に思えなかったし、だいたい僕は男だからそんな風に考えること自体無い。
そう、もしも僕が園原さんのように可愛い女子であったなら、もう少し警戒したかもしれない。
けれど僕は本当にただ平凡な男子高校生だったのだ。
「…帝人くん?遠い目になってるよ?」
臨也さんは相変わらず困った顔のまま僕を見降ろす。
そう、彼はベッドに縛りつけられた僕に圧し掛かった状態になっている。
それこそ行為をおっぱじめる気ならとうに始められているはずだ。
それなのに臨也さんは僕を家に呼び、ジュースに薬を盛り、僕を眠らせ、眠った僕をベッドに横たわらせ、あまつ腕を縛るという全ての作業を問題無くやってのけた、が、そこからずっと「どうしよう。」で止まっている。
僕の心境はふざけるなって、感じだ。だって問答無用で始められたら心から臨也さんを憎めるのに、最後の段階で臨也さんは微量の良心を見せる。
僕の感情は宙ぶらりんなまま、臨也さんを憎めばいいのか嫌えばいいのか、慰めればいいのか、それさえもわからない。
「帝人くん、ねぇ俺を見て。」
僕は必死に臨也さんを見つめる。今、彼の機嫌を損ねるのは得策じゃない。
「帝人くん、帝人くん、帝人くん、」
臨也さんは何度も僕の名前を呼びながら僕に顔を近づける。
わざとなのか無意識なのか、ゆっくりと近づいてくる臨也さんの顔は恐怖をもたらした。
「ハァ、帝人くん。」
僕の首筋に顔を埋め、耳元にキスをされる。
一気に鳥肌がたつ。いやだ、気持ちが悪い。
「いざ、やさん。」
自分の声が震えているのがわかる、怖い、臨也さんが怖くてたまらない。
僕の声が強張ったのに、臨也さんも気付いたみたいだ。一気に体を離して、表情を歪めた。
「ごめん、帝人くん…。」
そしてまた振り出しに戻る。
「どうしよう、ねぇ帝人くん、俺どうしたらいいかな?」
知るか!!
そう叫びたいのを押さえて僕は口を開く。
「僕を解放して下さい、こんなのは間違ってます。」
「・・・。」
臨也さんは悲しげに瞳を伏せた。
どうして貴方の方がそんな顔をするのか僕にはわからない。
「さっきまで、・・・さっきまで決意してたんだ。」
「え?」
「君を眠らせて、ベッドに縛り付けて、君が目覚めるのを待つ間、俺は例え君がどんなに泣いて嫌がろうと絶対に犯してやろうと、そう決めてたんだ。」
背筋がぞっとするほど恐ろしいことたんたんと言う。
僕はゴクリ、と唾を飲んだ。
「でも、いざ君に目覚められると、どうしたらいいかわからなくなったよ。君に嫌われたくない、って、そう思ってしまうんだ。」
臨也さんがこんな風に人間らしい感情を出すところを僕は知らない。
僕は驚くほど臨也さんのことを何も知らない、臨也さんは話す人じゃないし僕も追求するタイプじゃない。
だからこんなに葛藤されて思いつめるほど僕のことを思ってたなんて考えたことも無かった。
僕の知らないところで色々と悩んでいたのかもしれない、そう思うと少しだけこの人を理解したいと思った。
けど、
「・・・諦めて、俺のこと受け入れてくれないかなぁ。」
それとこれとは話が別だ。
「…無理です。」
「そうだよねぇ。・・・どうしよう。」
「帝人くんは馬鹿だね、どうして俺のことなんか信用したの?今日だって純粋無垢な顔してノコノコ付いてきちゃってさ、俺が何考えてるかも知らずに。ジュースだって普通に飲んじゃうし、何か入ってるなんて思わなかったの?・・・何もかもうまくいきすぎて、俺はどうしたらいいかわかんないよ。」
これ以上の責任転嫁って無いと思う。
悪いのは僕じゃない。臨也さんがどんな人か僕はよくわかってなかったけれど今まで害をなすようなことは無かったし、誘われて断る理由も無かった。
ジュースだって今思えば若干苦みがあったような気がしなくもないけど、そこではっきり「コレ苦いんですけど」なんて言えるほど仲も良くないから気にせず飲みほしましたとも。
『何もかもうまくいきすぎて』なんてそれこそ戯言だ。もし僕が今日用事があって誘いを断ったとしてもリンゴが苦手でジュースを飲まなかったとしても、きっと臨也さんは華麗に別の手を考えただろう。
そして僕はやっぱりこの状態になってただろう。
「いざこうしたら帝人くんが綺麗過ぎて、手が出せないんだ。触れたら壊れてしまいそうで、でももうめちゃくちゃに壊してしまいたくなる…なんでこんな矛盾してるんだろ、ねぇ帝人くん。・・・いっそこんなこと最初から計画しなければ良かっ、たっ。」
臨也さんが表情を苦しげに変えて、今にも泣き出しそうに「うっ。」と嗚咽を漏らした。
もうなにもかも今さらだ。
そしてそのことに僕ももちろん後悔してるけど、何故か臨也さんも後悔しているんだ。
「…臨也さん。」
「・・・何?」
「もう止めましょう。」
「・・・。」
臨也さんは黙る。これが良くないことだと臨也さんもわかっている。
もし僕の体を懐柔したいだけならとっくに僕は陥落しているだろう。
けど、この人はそうじゃない。
僕の体が欲しいわけではないんだろう(そりゃそうだ、ただの平凡な男子高校生の体だもの)
「臨也さん、物事には手順があります。」
「え?」
「臨也さんは賢いので、すぐ覚えられると思います。」
「…帝人くん?」
一つ一つ教えて行かなければ、この恋の仕方さえ知らない愚かな人に。