トリカゴ 1
津軽×サイケ
※津軽、サイケはそれぞれの芸名です。サイケの脳内は幼稚園児設定。津軽さんは鬼畜設定。
※それぞれ静雄、臨也とは逆の性格だと思っていただければ幸い
灰色のビルがひしめく都会。テナントのカラフルさもどこか喧騒に紛れて霞んで見える、疲れた街。
そんな街のいたるところに、白を基調としたポスターがどこかしこに飾られている。チラシの大きさにしろ、引き伸ばされた大きさにしろ、その存在感はどこでも群集の目を惹いた。
ポスターには季節を無視した真っ白なコートと白いパンツを纏う一人の少年が写っていて、人形のように白い顔はにこりとも笑わず物憂げに真っ直ぐポスターを見る人々を見ている。白い服装と背景に映える黒髪には鮮やかなピンクの縁で彩られた大きいヘッドフォンがつけられ、細く華奢な指にはそのピンク色のコードが絡め取られている。中性的な、まだ子供らしい顔つきの少年はどこか冷めた印象があり、不思議な魅力がポスターという切り取られた時間の中でも溢れていた。
ポスターの演出で真っ直ぐに射抜くような瞳はヘッドフォンと同じピンクで染められ、空いた空間にはCDのタイトルらしい英字と発売日が印字されている。
アーティスト名はソロであろうにグループ名みたくpsyche-delicと名乗られているが、誰も彼の本名も素性も知らない。ましてや、いでたちの不思議な、人じゃないような雰囲気から実在しないアーティストであっても誰も疑いはしないだろう。
見目の魅力もさることながら、その澄んだ歌声は聴く者を魅了し、日常のいたる場面でも聞こえてくるほどだ。それなのに、人前やテレビですら歌う姿を見せず、いつの間にかポスターが貼られ、最低限のプロモーションでもトップセールスを叩き続けている。謎でしかないアーティスト、レーベル会社ですら彼の話は最低限しか出さない。隠された存在。
それでも、今もどこかで彼は歌っている。
謎めいたアーティストを抱えるレーベル会社には、同じく人気を博する若手の演歌歌手もいた。演歌を主に歌うが、歌謡曲やバラードなど手広くこなす精鋭の一人だ。あまり愛想は良くないのだが、そのクールな感じがいいと世代を問わず人気で、いつも青い炎をあしらった着物を纏い、演歌歌手では珍しく金色に髪を染めている。長身で見目も整っていることから、歌手だけでなくモデルや俳優の誘いもあるのだが、歌うことしか興味がなく、徹底的なプロ意識を持っていた。
デビューのきっかけとなったのがのど自慢で歌ったことにより、その時歌った曲名から芸名を『津軽』と自ら名乗り出た。本名はもちろんあるが、その名で呼ばれることを嫌い、歌手・津軽として徹底的な意識保持をモットーとしていた。
その津軽も、時々インタビューで謎のアーティストについて尋ねられるのだが、数年と在籍しているはずの彼とは全く接点も面識もない。レーベル会社で使うレコーディングスタジオでも来ている、ということはなかったし、打ち合わせをしているなんて話も聞いたことがない。レッスンや打ち合わせ、レコーディングに至るまで、どの些細な過程も作品を仕上げるためには不可欠だと考える津軽にとっては、その謎のアーティストが姿を見せずに次々と作品を繰り出すことへは不快感を抱いていた。
ポスターではいつも無表情で、白い空間に浮くような少年だ。見目の細さとは裏腹に芯が通った、とても澄んだ歌声で歌う。ロクに下積みしていないくせに、と腹立たしさを感じるには、彼がいわゆる「天才」という言葉が似合うことへの嫉妬も孕んでいた。
そんなある日、マネージャーであり友人でもある新羅となんとなく手持ち無沙汰に会話をしていた時だった。津軽は何と無しにその謎の人物について尋ねてみようと思った。
「なあ新羅、あの、あいつ・・・サイケなんたらって奴のこと、知ってるか?」
「あれ、何だい津軽、君も彼が人間かどうかを知りたいとでも?君は興味を持たないとばかりに思っていたよ」
「気まぐれだ。知ってるんだろ」
「そりゃ、ね。一応ここの人間だし、それなりには」
「どんな奴なんだ?」
ざっくばらんに尋ねようにも、答え方に困る質問だ。だが、新羅は変わらず笑ったまま予定で真っ黒になっているスケジュール帳をそっと閉ざして周りを見渡す。人影が二人から遠いところにまばらにあるだけだが、新羅は津軽に個室スペースになっている休憩所を指した。
「煙草でも吸いながら話そうか。僕はコーヒーだけどね」
そういって立ち上がると練習や打ち合わせに利用される個室スペースへと移動する。津軽は年齢にそぐわない漆塗りの煙管を取り出し、葉煙草を慣れた手つきで詰めて火をつけていく。独特の匂いが立ち込める中、新羅は冷め切ったコーヒーをゆっくり啜り、一枚の写真を取り出す。
ぽんとテーブルに置かれたのは、何処に行っても貼ってある、その奴のポスター写真だ。加工前なのか、文字も目の色も入っていない。ちゃんと真っ黒い、日本人特有の瞳だった。
「上層部と、僕とか一部しか知らないけれど、こいつはサイケと呼ばれてるよ。ただ、ちょっと困り者で、ある場所から彼は一歩も動かないんだ。そこでレコーディングや打ち合わせ、および彼の生活がされている。そんな我侭も受け入れざるを得ないほど彼は凄いからね」
「・・・とんだ天狗野郎なんだな」
「天狗、・・・か。まあ、そう聞こえるよね。でも実際には逆かな」
「逆?」
「彼は人間が酷く嫌いなんだよ。この会社は、小さい頃からずっとサイケは天才だと言いいつつ大事に育てていた。彼も歌うことが好きだったから、褒められるまま歌い続けていた。だけど、彼はどんどん心を閉ざしていって、歌う以外のコミュニケーションを崩壊させてしまっていたんだ」
「・・・?なんだ、それ・・・」
「何があったのかも言えないほど彼はコミュニケーションができなくなっていた。その原因は少しずつ膨らんでいたのか、ある日いきなり起こったのか・・・わからないまま。それでも彼は、特定の人間以外との接触を拒み、会う時間の長さも間違えなければ歌ってくれた。それはそれは、とてもいい歌を歌ってくれた」
「・・・」
「だから彼は表に出ないし、姿も見せない。どこかマンションの一室にでも閉じこもっているとは思うけれど・・・」
「詳しいんだな」
「まあね、彼が小さい時、一緒に遊んでいたからねえ」
そう言って笑う幼馴染でもある新羅の口から、初めて聞かされる事実を知る。小学校からの付き合いだったが、まさかそんな過去があったなんて聞いたことがない。
「初耳だ」
「言う必要ないかな、と思っていたからね」
そういいながら新羅は少し悲しそうに写真を覗き込み、こちらを真っ直ぐ見抜く写真の彼を見つめていく。
「そして彼がこんな、やけに大きなヘッドフォンをしているのは音楽を聞くためじゃあないんだよ。・・・・人の声を、聞かないためにずっとしているんだ」
鮮やかなピンクの縁で彩られた白い大きなヘッドフォンを指で示し、哀れむような目で写真を見据える。津軽が知らないところ・・・昔にしろ、少なからず知り合えたその写真の彼に、思うことはきっと少なくないのだろう。
※津軽、サイケはそれぞれの芸名です。サイケの脳内は幼稚園児設定。津軽さんは鬼畜設定。
※それぞれ静雄、臨也とは逆の性格だと思っていただければ幸い
灰色のビルがひしめく都会。テナントのカラフルさもどこか喧騒に紛れて霞んで見える、疲れた街。
そんな街のいたるところに、白を基調としたポスターがどこかしこに飾られている。チラシの大きさにしろ、引き伸ばされた大きさにしろ、その存在感はどこでも群集の目を惹いた。
ポスターには季節を無視した真っ白なコートと白いパンツを纏う一人の少年が写っていて、人形のように白い顔はにこりとも笑わず物憂げに真っ直ぐポスターを見る人々を見ている。白い服装と背景に映える黒髪には鮮やかなピンクの縁で彩られた大きいヘッドフォンがつけられ、細く華奢な指にはそのピンク色のコードが絡め取られている。中性的な、まだ子供らしい顔つきの少年はどこか冷めた印象があり、不思議な魅力がポスターという切り取られた時間の中でも溢れていた。
ポスターの演出で真っ直ぐに射抜くような瞳はヘッドフォンと同じピンクで染められ、空いた空間にはCDのタイトルらしい英字と発売日が印字されている。
アーティスト名はソロであろうにグループ名みたくpsyche-delicと名乗られているが、誰も彼の本名も素性も知らない。ましてや、いでたちの不思議な、人じゃないような雰囲気から実在しないアーティストであっても誰も疑いはしないだろう。
見目の魅力もさることながら、その澄んだ歌声は聴く者を魅了し、日常のいたる場面でも聞こえてくるほどだ。それなのに、人前やテレビですら歌う姿を見せず、いつの間にかポスターが貼られ、最低限のプロモーションでもトップセールスを叩き続けている。謎でしかないアーティスト、レーベル会社ですら彼の話は最低限しか出さない。隠された存在。
それでも、今もどこかで彼は歌っている。
謎めいたアーティストを抱えるレーベル会社には、同じく人気を博する若手の演歌歌手もいた。演歌を主に歌うが、歌謡曲やバラードなど手広くこなす精鋭の一人だ。あまり愛想は良くないのだが、そのクールな感じがいいと世代を問わず人気で、いつも青い炎をあしらった着物を纏い、演歌歌手では珍しく金色に髪を染めている。長身で見目も整っていることから、歌手だけでなくモデルや俳優の誘いもあるのだが、歌うことしか興味がなく、徹底的なプロ意識を持っていた。
デビューのきっかけとなったのがのど自慢で歌ったことにより、その時歌った曲名から芸名を『津軽』と自ら名乗り出た。本名はもちろんあるが、その名で呼ばれることを嫌い、歌手・津軽として徹底的な意識保持をモットーとしていた。
その津軽も、時々インタビューで謎のアーティストについて尋ねられるのだが、数年と在籍しているはずの彼とは全く接点も面識もない。レーベル会社で使うレコーディングスタジオでも来ている、ということはなかったし、打ち合わせをしているなんて話も聞いたことがない。レッスンや打ち合わせ、レコーディングに至るまで、どの些細な過程も作品を仕上げるためには不可欠だと考える津軽にとっては、その謎のアーティストが姿を見せずに次々と作品を繰り出すことへは不快感を抱いていた。
ポスターではいつも無表情で、白い空間に浮くような少年だ。見目の細さとは裏腹に芯が通った、とても澄んだ歌声で歌う。ロクに下積みしていないくせに、と腹立たしさを感じるには、彼がいわゆる「天才」という言葉が似合うことへの嫉妬も孕んでいた。
そんなある日、マネージャーであり友人でもある新羅となんとなく手持ち無沙汰に会話をしていた時だった。津軽は何と無しにその謎の人物について尋ねてみようと思った。
「なあ新羅、あの、あいつ・・・サイケなんたらって奴のこと、知ってるか?」
「あれ、何だい津軽、君も彼が人間かどうかを知りたいとでも?君は興味を持たないとばかりに思っていたよ」
「気まぐれだ。知ってるんだろ」
「そりゃ、ね。一応ここの人間だし、それなりには」
「どんな奴なんだ?」
ざっくばらんに尋ねようにも、答え方に困る質問だ。だが、新羅は変わらず笑ったまま予定で真っ黒になっているスケジュール帳をそっと閉ざして周りを見渡す。人影が二人から遠いところにまばらにあるだけだが、新羅は津軽に個室スペースになっている休憩所を指した。
「煙草でも吸いながら話そうか。僕はコーヒーだけどね」
そういって立ち上がると練習や打ち合わせに利用される個室スペースへと移動する。津軽は年齢にそぐわない漆塗りの煙管を取り出し、葉煙草を慣れた手つきで詰めて火をつけていく。独特の匂いが立ち込める中、新羅は冷め切ったコーヒーをゆっくり啜り、一枚の写真を取り出す。
ぽんとテーブルに置かれたのは、何処に行っても貼ってある、その奴のポスター写真だ。加工前なのか、文字も目の色も入っていない。ちゃんと真っ黒い、日本人特有の瞳だった。
「上層部と、僕とか一部しか知らないけれど、こいつはサイケと呼ばれてるよ。ただ、ちょっと困り者で、ある場所から彼は一歩も動かないんだ。そこでレコーディングや打ち合わせ、および彼の生活がされている。そんな我侭も受け入れざるを得ないほど彼は凄いからね」
「・・・とんだ天狗野郎なんだな」
「天狗、・・・か。まあ、そう聞こえるよね。でも実際には逆かな」
「逆?」
「彼は人間が酷く嫌いなんだよ。この会社は、小さい頃からずっとサイケは天才だと言いいつつ大事に育てていた。彼も歌うことが好きだったから、褒められるまま歌い続けていた。だけど、彼はどんどん心を閉ざしていって、歌う以外のコミュニケーションを崩壊させてしまっていたんだ」
「・・・?なんだ、それ・・・」
「何があったのかも言えないほど彼はコミュニケーションができなくなっていた。その原因は少しずつ膨らんでいたのか、ある日いきなり起こったのか・・・わからないまま。それでも彼は、特定の人間以外との接触を拒み、会う時間の長さも間違えなければ歌ってくれた。それはそれは、とてもいい歌を歌ってくれた」
「・・・」
「だから彼は表に出ないし、姿も見せない。どこかマンションの一室にでも閉じこもっているとは思うけれど・・・」
「詳しいんだな」
「まあね、彼が小さい時、一緒に遊んでいたからねえ」
そう言って笑う幼馴染でもある新羅の口から、初めて聞かされる事実を知る。小学校からの付き合いだったが、まさかそんな過去があったなんて聞いたことがない。
「初耳だ」
「言う必要ないかな、と思っていたからね」
そういいながら新羅は少し悲しそうに写真を覗き込み、こちらを真っ直ぐ見抜く写真の彼を見つめていく。
「そして彼がこんな、やけに大きなヘッドフォンをしているのは音楽を聞くためじゃあないんだよ。・・・・人の声を、聞かないためにずっとしているんだ」
鮮やかなピンクの縁で彩られた白い大きなヘッドフォンを指で示し、哀れむような目で写真を見据える。津軽が知らないところ・・・昔にしろ、少なからず知り合えたその写真の彼に、思うことはきっと少なくないのだろう。