トリカゴ 1
「・・・それでも俺は気に食わねえな」
津軽には考えきれない過去を背負い、歌うその彼。しかし、ずっと鍛錬を積み重ね、プロ意識を持って臨んでいるこの歌うことへ、やはりこのサイケという奴は軽んじて臨んでいるようにしか思えない。そんな簡単なことじゃないと苛立つ反面、確かに感じていたのは、それでもあんなに歌えてしまうこの少年への嫉妬。天才という奴は本当にいるのかと臆してしまうほどの絶望と、嫉妬。
「いつか会ったら、俺は殴り飛ばすかもしれねえ」
「お手柔らかに頼むよ」
歌うことへの姿勢が生半可じゃない津軽が、サイケをどう思うのか新羅はわかっていた。だからこそ詳細を自ずから語ることを控え、こうして聞かれるまで待っていた。どちらもタイプが違う天才、そこには相成れないわだかまりが生まれるだろうとわかっていたからに。
「さて、津軽、そろそろプロモーションに行かなきゃならない。きっと今日もお客さんたくさん待ってるよ」
大手CDショップでの店頭プロモーションの時間が差し迫っていた。その事を告げるとカンといい音を立てて煙管を叩きつけ、燻っていた煙草を灰皿へ放り出す。ああ、という短い返事の後、現場につくまで彼は何も言い出すことはなかった。プロモーションのためのステージ、歌う時間はたとえ短かろうと、手を抜くことなく歌い上げる。そのための集中力は半端なく、サイケのことなどもう眼中にも意識にも欠片ほども残らなかっただろう。
しかし、ステージの最中、沸き立つ観客の歓声に囲まれていても、店頭に貼られたサイケのポスターを遠目に眺め、憮然とした表情の奥で何かしら考えて込んでいた。